料理と店 楽しい比喩で評・金沢百枝(美術史家・多摩美術大教授)
読みはじめたとき、すこし戸惑った。よくあるフードエッセイとは叙述の仕方が違っていたから。食べ物や店の描写が独特で、小川さんの小説世界に迷い込んだような気持ちになる。
比喩がとにかく楽しい。メロンのショートケーキは口に入れたら「淡雪のように消えてしまう」「おいしい霞(かすみ)」のよう。「美しい少女の亜麻色の髪の毛に優しくそっと触れるような仕草で」つくられたうどんや、「もっと欲しい、もっと欲しい、と胃袋がせがむ」中華そば。まるで調弦された楽器のように体が整うおにぎり。「星空を見上げているような気持ちになる」メニューが書かれた黒板。
沖縄から東北地方、甲信越や能登まで、この世に実在するお店と料理人について書かれているのに、小川さんのデビュー作『食堂かたつむり』の世界と重なる。ほとんどの食堂が小説と同じく過疎地にあり、店主は主人公と同じく、事の流れでそこに店を開き、その土地にあるものを工夫して、ユニークな料理をつくる。
だからなのか、この「巡礼」の主眼は、料理人の生き方に置かれているように見える。鼻息荒く意気込むタイプではなく、「そよ風の如(ごと)く、ふわりふわり」と軽やか。たんぽぽの綿毛が着地するように土地を選び、できる範囲内で、目前の仕事に淡々と向き合う姿を理想とする著者らしい「食堂巡礼」なのだ。
食も店も、自然と混然一体となっている。南国の森の中にある沖縄「胃袋」では、降り出した雨が屋根に激しくあたる音で、にわかに森が騒がしくなり、漲(みなぎ)る生命力に包まれるのを感じ、著者は「胃袋」の中にいる気分になる。雪深い山岳地帯にある長野・黒姫「温石」では、冬の森への愛が語られ、雪室でたいせつに保存された白菜の餡(あん)かけに、心も体もとろとろにゆるみ、「自分の中からどんどん言葉が溶けていく」。
こんなふうに、すぅっと浸(し)みこむ言葉に癒やされる本だった。(1650円)
読書委員プロフィル
金沢百枝(かなざわ・ももえ) 1968年生まれ。美術史家、多摩美術大教授。専門は中世ヨーロッパ美術史で、主にロマネスク美術を研究。『ロマネスク美術革命』でサントリー学芸賞を受賞。ほかの著書に『キリスト教美術をたのしむ 旧約聖書篇』などがある。



