語り部としてデビューしてから、約40年が経過した。平野啓子さん(65)にとって、「語り」とは「絶対に別れることのできない恋人のようなもの」だという。
語りと朗読の違い
朗読とは異なり、物語を観客に語る際、内容や作者の意図を正確に伝えるだけでは不十分だ。本当に伝えたいことは語り部の中にあり、それを届けるために「言葉に魂を吹き込む」という信念を持ち続けている。
子どもの頃から、目にした文字を口にする癖があった。チラシを見れば「靴の大安売り、特価1980円!」と読み上げ、大きな文字は大きな声でと、雰囲気をつかむのが得意だった。一方で口下手で、学校では友達に気持ちをうまく伝えられずにいた。もやもやしていた時、本の中で自分の心を言い当てる文章を見つけ、その文章を借りて伝えたところ、気持ちが通じた。この経験から、言葉とその伝える技術の大切さに気づいたという。
語り部への道
20代半ばで、ラジオドラマ「君の名は」のナレーションを担当した鎌田弥恵さんの語りに触れ、進む道が決まった。キャスターを務めながらも、本当は語り部になりたかった。周囲からは反対され、変人扱いされ、「そんな地味なことを」と言われたが、迷いはなかった。
語りは朗読と違い、内容を暗記し、時に所作も交える。まずは出だしの音の高さがすべてを決める。伝える相手と目を合わせる「アイコンタクト」を重視し、語る中で「間」をとることも意識している。そうすることで、聞き手の心に直前の言葉が大きく広がり、風景や登場人物の心情など、想像する余地が生まれる。
多様な物語と活動
古典の「竹取物語」や「源氏物語」、小説なら「蜘蛛の糸」「走れメロス」といった名作に加え、各地に出向いて出会ったものをお話にして語ってきた。既存の物語と自身の見聞の語りが、語り部としての活動の両輪だ。現地での鳥の声、川の音、農作業の様子などが情報として入り、それが声になる。
また、多摩川をシンボルに地域活性化を目指す団体「美しい多摩川フォーラム」の副会長を務めている。活動の一環として、各地で聞き取り調査を実施。食や風習のほか、川があふれた時の防災の知恵も学び、その成果を冊子「多摩の物語」にまとめ、メンバーと語りとして披露している。
平野さんは青梅の「雪女伝説」を調べた。言い伝えを聞いた人に何とか出会えたが、見つからなくても構わなかったという。「知る人はいなくなっていた」と語れば、それもお話になる。
語り部は古代から存在し、地域の風習や伝統を口頭で伝え、「地域を守る」「自分の命を守る」ための知恵を後世に残してきた。今でいう防災教育の側面もあったのではないかと平野さんは語る。
「多摩の物語」には語り部の神髄があり、その歴史の中に身を置かせてもらっている喜びを感じる。今後も語り部を職業として成立させ、広めていくために活動を続けたいと意気込みを語った。(聞き手・大木隆士)
プロフィール
平野啓子(ひらの・けいこ)1960年静岡県沼津市生まれ、府中市育ち。大阪芸術大学放送学科教授。フリーアナウンサーとしてNHK「おはよう日本」のキャスターを務め、大河ドラマ「毛利元就」でナレーションを担当。府中の森芸術劇場「平野啓子『語り』の世界」で1997年度の文化庁芸術祭大賞を受賞。ドイツやトルコなど、海外公演も精力的に行っている。



