『何がダサいを決めるのか』(平芳裕子著、ポプラ新書)を読んで、世の中に「パーカーおじさん」「カジュアルおばさん」という言葉があることを初めて知った。ざっくり言えば、これは「年甲斐もない」という批判的な表現だ。私はまぎれもないカジュアルおばさんの一人だが、無知ゆえに気楽なものであった。
しかし、そんな私でも、その日に着ているものを褒められたらやはり嬉しい。なぜだろう。人はなぜ装い、ファッションにこだわるのか。本書はこのテーマに向き合い、興味深い実例のエピソードを交えながら、新書一冊分とは思えないほど豊かな集中講義を展開してくれる。
ファッションと自己表現の歴史
著者が大学で新入生たちに「あなたにとってファッションとは何ですか」と問うと、かなり多くの割合で「自己を表現するため」という答えが返ってくるそうだ。この考え方は、西洋の近代社会がもたらしたものだ。近代以前の西洋社会では、好きなように装う(着飾る)のは特権階級の証であり、装いの差別化は固定された社会階級をくっきりと可視化するものでもあった。ちなみに、これは日本社会でも同様で、江戸時代は着物や帯の材質からして身分格差があった。しかし、やがて革命が起こり市民社会が誕生すると、個人が好きな衣服を着る自由も生まれたのである。
新たな葛藤の発生
市民社会があってこそ、ファッションが自己表現のツールとなり得る。しかし、私たち個人は必ず社会とつながり、社会から「見られて」いる。身分制度から解き放たれ、自由競争の商業主義と創造性によって多様化を続けるファッションを前にして、一人一人が社会の中で自分を表現する装いをしなければならない。そこには新たな葛藤が生じる。年齢や社会的立場、TPOをわきまえた装いであること。おしゃれであること。それら全てを一言にまとめて、「ダサく」ないこと。そのためにはどうすればいいのか。本書はその葛藤に、ファッション指南書とは異なる答えを与えてくれる。
(1078円)



