岐阜・日本大正村、観光客回復へ体験型空間で大正風情を発信
大正時代の建物が並ぶテーマパークを運営する公益財団法人「日本大正村」(岐阜県恵那市明智町)は、観光客数の回復を目指し、体験型空間の強化に乗り出しています。2025年6月に理事長に就任した大塩康彦さん(72歳)は、開村から関わってきた経験を活かし、「観光客数の減少に歯止めをかけ、回復につなげる」と意気込んでいます。
観光客減少の現状と理事長の決意
日本大正村は、かつて多くの観光客でにぎわいましたが、2024年度の入場者数は約2万1800人まで落ち込みました。大塩さんは、大学卒業後、東京の繊維会社に就職しましたが、25歳で地元に戻り、明智町(現・恵那市)の職員となりました。30歳頃、企画商工観光課が発足し、配属となったことで、日本大正村の開村に関わるようになりました。
当時、町職員として日本大正村を基にした町づくりを進めていましたが、現在のような大正時代をイメージしたテーマパークのような施設ではありませんでした。このため、町内から寄付された古い建物を「大正村資料館」とし、旧家の古い蔵の板塀に沿う小道には石畳を敷くなど、大正時代の風情を演出する整備を進めました。
日本大正村の歴史と発展
日本大正村は、国鉄明知線の廃線や過疎化が進む中、町の活性化策として構想がスタートし、1984年5月に立村しました。住民主導で始まったこともあり、大正生まれの著名人らで構成する任意団体「東京大正会」の協力を得るなどし、全国から貴重な資料や物品の提供を受けました。
多くの観光客が訪れるようになり、資料館の入場者数は1986年に約6万人でしたが、1987年には倍以上の15万人となりました。1988年には、財団法人「日本大正村」の開村式が行われ、東京大正会メンバーで女優の高峰三枝子さんが初代村長に就任しました。村長はその後も著名人が務めており、2代目は司葉子さん、現在は2015年5月から3代目として竹下景子さんが担っています。
情報発信の不足と新たな取り組み
大塩さんは、「大正村の情報発信(広報)が不足している」と指摘します。開村に関わり、村の運営を見続けてきた一人として、来場者数が年々減少していくのを、当時務めていた恵那市副市長の立場から憂慮していました。一度は「いきなりトップはできない」と断った理事長に就任したのも、観光客数の回復に向けた手立てを考えたいとの思いからです。
日本大正村の価値観を体験できる仕掛けや話題作りを常に考えており、展示されている「蓄音機」を喫茶店で動かし、音楽を客に聴いてもらうことなども検討しています。また、明知鉄道で季節の人気列車「食堂車」が明智駅に到着すると、日本大正村のスタッフが乗客を出迎え、「大正村はこちらです」と声かけ、案内する取り組みを始めました。「やってみると、お客さんは村に来てくれ、反響はある」と語り、明知鉄道との連携が始まるだけでなく、鉄道と村との新たな取り組みに期待が持てるようになりました。
今後の展望と体験型空間の構想
今後の運営について、大塩さんは「今ある展示物を見てもらうだけでなく、体験型として、大正という歴史的価値を味わってもらう」と述べました。後世に大正時代を伝える空間になればと考え、カンカン帽をかぶりながら、地域活性化への熱意を語っています。日本大正村は、体験型空間を通じて、大正風情をより深く感じられる観光地としての再生を目指しています。



