塩湯涼さんが挑む岩魚留小屋再生プロジェクト 北アルプス古道の歴史継承へ
岩魚留小屋再生プロジェクト 塩湯涼さんが古道の歴史継承へ

若き代表が挑む歴史的山小屋の再生プロジェクト

松本市安曇の島々地区に移住した塩湯涼さん(30)が、北アルプスのクラシックルート「島々明神線歩道」に位置する岩魚留小屋の再生プロジェクトに取り組んでいる。この山小屋は1911年に開業し、日本の近代登山黎明期を支えた歴史的建造物であるが、2012年から休業状態が続いていた。

土砂崩れによる試練と復活への決意

昨年4月、塩湯さんは島々明神線歩道で大規模な土砂崩れが発生し、登山道が通行不能になっている現場を目の当たりにした。このルートは英国人の宣教師ウォルター・ウェストンが歩いたことで知られる古道であり、2020年から通行止めとなっていたが、2024年9月に規制が解除されたばかりだった。まさに岩魚留小屋の復活に向けて動き始めた矢先の出来事であった。

「え? まじか……」と当時の驚きを振り返る塩湯さんは、一時は打ちひしがれたものの、多くの人々からの応援の声に励まされたという。幸いにも通行止めは長期化せず、昨年9月には再び解除された。これを受け、プロジェクトチームは計画を前倒しし、小屋の残置物の運び出し作業をわずか2か月で完了させるなど、遅れを挽回している。

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登山への情熱から移住、そしてプロジェクト代表へ

塩湯さんは長崎大学薬学部在学中に登山を始め、槍ヶ岳などの北アルプスに登るうちに山の魅力に取り付かれた。大学院を経て製薬会社に就職した後も登山を続け、「山の近くで暮らしたい」という思いが強まり、会社を退職。南アルプスの山小屋でアルバイトとして働き、その後2年間は同じ系列の山小屋で支配人を務めた経験を持つ。

松本市のシェアハウスでの生活を通じて「山で働く人たち向けのシェアハウス」のアイデアを思いつき、物件探しを開始。島々地区のカフェ店主からの誘いをきっかけに、2024年4月に同地区へ移住した。島々地区は昔から山の仕事に携わる人々が多く住む地域であり、そうした人々との交流を通じて「地区を盛り上げたい」という思いを強めた。

その延長線上にあったのが、岩魚留小屋の再生プロジェクトであった。塩湯さんは「全長20キロのルート上にあり、登山者の安全やトイレの確保など小屋再生の意義はあるが、それは後付け。クラシックルートのことを思う人たちの気持ちや、岩魚留小屋を知る人たちの思い出話を聞き、守っていきたいと思った」と語る。

プロジェクトの現状と今後の展望

2024年11月に有志6人でスタートした再生プロジェクトは、現在着実に進行中だ。塩湯さんは松本市の登山ショップで開いたトークイベントで思いを語ったわずか3日後に、土砂崩落現場の第一発見者となるという偶然も経験した。

プロジェクトでは今月からクラウドファンディングを開始し、2028年の本格営業開始を目指している。塩湯さんは「長い歴史の中で、岩魚留小屋にはいろんな人たちの思いが染みついている。小屋を再生し現代風にアレンジしながら、日本の登山文化を継承していきたい」と意気込む。

若者の手による仕切り直しの1年が始まっている。塩湯さんは現在、山で働く人たち向けのシェアハウス「小屋番の小屋」や、登山者向けの宿「島々山荘」も営みながら、地域活性化にも貢献している。

塩湯涼さん略歴

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  • 1995年京都市生まれ
  • 長崎大学薬学部在学中に登山を開始
  • 製薬会社退社後、山小屋でアルバイト・支配人を経験
  • 2024年4月に松本市島々地区へ移住
  • 2024年11月から岩魚留小屋再生プロジェクト代表