かぐや姫は月ではなく富士山へ帰った?静岡・富士市に伝わる独自の竹取物語
かぐや姫は富士山へ帰った?静岡に伝わる竹取物語

かぐや姫は月ではなく富士山へ帰った?静岡・富士市に伝わる独自の竹取物語

かぐや姫は月ではなく、富士山へと帰っていった──。日本最古の物語として知られる「竹取物語」とは結末が異なる「かぐや姫伝説」が、静岡県富士市で今も息づいている。この独自の伝説は、江戸時代の史料に記録され、地域の地名や史跡にも深く根付いている。2月23日の「富士山の日」にちなみ、伝説ゆかりの地を訪ね、その背景を深掘りした。

竹採公園と伝説の聖跡

富士山の南西山麓に位置する比奈地区には、「竹採公園」と呼ばれる市民の憩いの場がある。ここはかぐや姫が育った聖跡とされ、竹林が生い茂る様子は、光り輝く竹を探したくなるような雰囲気を醸し出している。公園内には市指定文化財の「竹採塚」が存在し、かぐや姫が育った場所と伝えられている。そばには「竹採姫」と刻まれた卵形の石碑も置かれており、伝説の痕跡を感じさせる。

比奈地区と隣接する原田地区には、かぐや姫伝説に関連するスポットが点在する。「竹取の翁」がかぐや姫を発見したとされる竹やぶがあった神社や、かぐや姫が富士山に登ったと伝わる道などが残っている。また、比奈地区には「赫夜姫」という字名があり、伝承を想起させる地名も見られる。

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江戸時代の史料「富士山大縁起」に記された物語

富士山かぐや姫ミュージアムには、この伝説を記した江戸時代の巻物「富士山大縁起」が展示されている。学芸員の成瀬陽介さん(30)の解説によれば、物語の筋書きは以下の通りだ。

翁が光輝く竹から見つけた女の子を年老いた女と育て、美しい姫に成長させるまでは、一般的なかぐや姫の物語と変わらない。しかし、ここから展開が異なる。翁の屋敷に泊まった役人がかぐや姫の存在を知り、后候補として帝に報告する一方、かぐや姫は「富士山の洞穴に帰らねばならない」と村人らに告げる。その後、富士山頂で神に転生し、最後は姫を諦めきれずに山頂に向かった帝と結ばれるという結末を迎える。

成瀬さんによると、収蔵する「富士山大縁起」は1697年に書き写されたもので、原本は不明だという。そのため、伝説の起源や誕生の経緯は未だ解明されていない。

室町時代の文書との関連性

伝説の起源を探る手がかりとして注目されるのが、室町時代に書かれたとされる万葉集の注釈書「詞林采葉抄」だ。この文書には、富士山麓の竹から見つかった女の子が成長の末、富士山に帰ると記述されている。富士市の伝説と同じ展開の物語が、この頃既に存在していた可能性を示唆している。

伝説には、かぐや姫との別れを惜しむ村人が、神聖な場所とされてきた富士山に登る場面がある。成瀬さんは「修行僧が登る神聖な場所だった富士山に、一般人が登山できるようにしたかったのかもしれない」と推測し、伝説が作られた背景に地域の願いが込められている可能性を指摘する。

成瀬さんは、郷土で受け継がれてきたかぐや姫伝説について「ただの夢物語ではなく、地域に根差してきた物語だということを全国の人に知ってほしい」と語る。この伝説は、富士山と人々の結びつきを深める文化的な財産として、今後も大切に守り伝えられていくことだろう。

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