江戸時代の旅人気分を味わえる幻の甘味が現代に蘇る
江戸時代に東海道・四ノ宮(現在の京都市山科区)にあった茶屋の名物「道晴餅(どうはれもち)」が、地元住民たちの手によって約200年ぶりに見事に復活しました。同名の茶屋も開店し、東海道を行き交う旅人気分で幻の甘味を味わえる新たな試みがスタートしています。
江戸のガイドブックに記された幻の名物
道晴餅は、現在の京阪京津線「四宮駅」近くで旅人に提供されていたと伝わる歴史的な菓子です。当時の旅行ガイドブック『東海道名所図会』には「四宮村に道晴茶屋といふ餅の名物あり」と明確に記載されており、『木曽路名所図会』には串刺しの平べったい餅の絵が残されています。店は刀を差した武士や子ども、巡礼者、米俵を背負う労働者らで大いににぎわい、その人気ぶりを今に伝えていますが、閉店とともに途絶え、レシピも失われていました。
郷土史家の発見から始まった復活プロジェクト
2015年、地元の郷土史家で作家としても活動する浅井定雄さん(75)が、区民対象の史跡巡りを企画中に絵図や文献で道晴餅を再発見しました。これをきっかけに、2025年2月には山科のまちおこしを目指す地元の和菓子店やカフェ店主らが「やましな道晴餅復活プロジェクト」をスタート。絵図に描かれた餅の姿を手がかりに、本格的な再現に挑戦しました。
レシピ作成の中心となったのは、どら焼きで知られる和菓子店「京菓子匠 萬屋琳窕」の2代目・戸島健一朗さん(40)です。山科区で生まれ育ち、大阪市の製菓専門学校などを経て2011年に家業を継いだ戸島さんは、「ふるさとの名産を復興したかった。和菓子の製法は江戸から大きく変わらず、取り組みやすかった」と振り返ります。
試行錯誤を重ねて完成した現代版の味
プロジェクトメンバーは、「旅人向けなら腹持ちがいいはず」「餅の黒い部分はタレ? 焼き色?」「子どもがおいしそうに食べているから甘いのでは」など、活発な議論と試作を繰り返しました。江戸時代の食材などを詳細に調査し、約2か月がかりで現代版のレシピを完成させました。
復活した道晴餅は、上新粉を練って蒸した生地を串に刺して焼き、西京みそと黒砂糖で作ったこくのあるタレをかけたものです。戸島さんは「時代や年齢を超えて愛される味を模索した」と語り、2025年3月下旬には区内のスイーツイベントで初披露され、4月から同店や「山科わかさ屋」などで販売が開始されました。
客自ら焼き上げる体験型茶屋がオープン
さらに、「茶屋で焼きたてを食べて、ほっこりしてほしい」という思いから、2026年3月7日には萬屋琳窕椥辻店の一角に道晴茶屋がオープンしました。ここでは卓上で客自ら焼き上げる体験が可能で、ミニサイズ(1個30グラム)3個に3種類のタレと飲み物のセット(税込み1700円から)や、単品の通常サイズ(同100グラム、同350円)が提供されています。
戸島さんは「江戸から続く物語の新たな一章を紡ぎたい」と意気込みを語ります。山科は古くから交通の要衝として栄え、北国や東国から京を目指す旅人が逢坂山峠や小関越を経て通過する地でした。このため街道筋には多くの茶屋が並び、餅はもちろんあめや絵画、薬など多彩な品が売られていたといいます。
地域の歴史を次世代に伝える取り組み
浅井さんは「道晴餅の物語を通して、旅人をもてなした山科の人たちの心を知ってほしい」と語り、2026年3月28日には区内の市立小学校で児童や地域の人々を対象に講演を行い、餅をふるまう予定です。この取り組みは、単なる食品の復活にとどまらず、地域の歴史と文化を次世代に継承する貴重な活動として注目されています。
江戸時代に旅人を癒やした幻の名物が、現代の技術と地域の熱意によって見事に蘇り、新たな形で人々を楽しませています。山科の地で紡がれる歴史の新たな物語は、これからも続いていくことでしょう。



