柄谷行人氏(1941年生まれ)の存在感は1980年代から圧倒的だった。読んですぐに理解できなくても、文章には新しい何かが強烈に感じられ、新作が待たれる文芸批評家である。大きな物語の終焉や反復と差異をキーワードにしたポストモダンが全盛の時代、柄谷氏は語気強くこう言い放った。「何が今さらポストモダンだ。新古今の頃から本歌取りをしている日本は昔からポストモダンですよ」。西洋の最新思想をありがたがらず、自分の言葉で考え抜く姿勢は颯爽としていた。後になって発言を確認しても、「覚えてないよ。でも、僕ならそう言っただろう(笑)」とニヤリとするのが柄谷流だった。
「忘れた」が頻発する回想録
今年85歳になる柄谷氏が、新聞記者を相手に語る本書でも「忘れた」は頻発する。関心は『定本 力と交換様式』でまとめたばかりの交換論に向かい、過去の著作や発言を綿密に調査した質問には、「思い出せない」「そんなこと今さら知るか」と答える。今ここに安住せず、「これから」に目を向ける姿勢は、ペンネーム通り、知の最前線を歩む人の前向きな回想録だ。
偶然を選び取る直感力
批評・思想界の旗手でありながら、「自分で意図してやってきた感じがほとんどない」と語るのも特徴だ。米エール大学での研究生活は応募の「くじに当たった」からで、それがド・マンやデリダら世界的知識人との交流につながった。盟友・中上健次との出会いは、1968年の群像新人文学賞で、偶然にも2人が最終段階で落選したことで始まる。なりゆきまかせではなく、偶然を選び取る直感力、新しい自分や知との出会いを求めて飛躍する自由さがある。巡り合いを人生の必然とするマルクスやカントの再読など、膨大な読書と思索の深さが、語りから生き生きと伝わってくる。
生きた文学史
大江健三郎や古井由吉ら、自分と同様に子供時代に戦争を体験した作家との交流も、時にユーモラスに、肉感をもって語られ、生きた文学史となっている。定価2530円。
読書委員プロフィル
鵜飼哲夫(うかい・てつお)は1959年生まれ。1983年に読売新聞に入社。文化部記者として文芸を主に担当し、現在編集委員。著書に『芥川賞の謎を解く』や『三つの空白 太宰治の誕生』がある。



