「飛鳥・藤原の宮都」世界遺産登録へ大きく前進
「飛鳥・藤原の宮都」が、世界遺産登録に向けて大きく近づいた。構成資産の大半が集中する奈良県明日香村では、「日本の原風景」と言われる里山の、のどかな景観に溶け込むように、1400年前の遺跡が点在する。遺跡や景観はどのように守られてきたのか、その歴史を振り返る。
高度経済成長期の開発の波と保存の動き
高度経済成長期、明日香村の近くにまで宅地開発の波が迫っていた。飛鳥の遺跡保存への関心が全国的に広がるなか、1970年6月に佐藤栄作首相(当時)が村内の甘樫丘を訪れ、遺跡の調査と保存を国家的事業とすることを閣議決定した。この訪問が、その後の保存運動の大きな転機となった。
「明日香法」の制定とその役割
1980年には、「明日香村における歴史的風土の保存及び生活環境の整備等に関する特別措置法(明日香法)」が公布・施行された。明日香法は、村全域で歴史的風土を保存するための特別な法律であり、開発を規制しながらも、住民の生活環境の整備を進める画期的な内容だった。この法律により、明日香村の景観と遺跡は一体として守られることとなった。
世界遺産登録への道のり
「飛鳥・藤原の宮都」は、飛鳥時代の宮殿や仏教寺院の跡など19の構成資産からなる。ユネスコの諮問機関が「登録」を勧告したことで、正式な登録は2026年の世界遺産委員会で決定される見通しだ。もし登録されれば、日本の世界遺産は26件目となる。
明日香村では、住民や行政が一体となって遺跡と景観の保全に努めてきた。その努力が実を結び、世界遺産登録という大きな成果につながろうとしている。今後も、歴史的風土を守りながら、持続可能な地域づくりが求められる。



