パラの夢、生き方変えた…ゴールボール元代表が出前授業 児童が体験
パラの夢、生き方変えた…ゴールボール元代表が授業

三重県東員町立笹尾西小学校で5月下旬、パラスポーツ「ゴールボール」の元日本代表・高田朋枝さん(41)による出前授業が行われた。児童たちは競技体験を通して障害への理解を深め、高田さんは自らの経験から夢を持つことの大切さを語りかけた。

静寂の中で響く鈴の音

「(選手が)全ての音を聞けるよう、観客のみんなは静かにしてください。応援は心の中で」。体育館に集まった5、6年生約70人に高田さんの声が響くと、一瞬で静寂に包まれた。ゴールボールは障害の程度による差をなくすため、全員が目隠しをする。守備側は視覚以外の感覚を研ぎ澄ませ、ボール内の鈴の音を頼りにゴールを守るため、プレー中は声援が禁止されている。

「シャラシャラ」という鈴の音とボールが弾む鈍い音が響き渡ると、目隠しを着けた児童らは音だけを頼りにコースを予測し、床に寝そべって必死にゴールを守った。体験した6年生の男子児童(12)は「目が見えないだけでこんなに難しいとは思わなかった。ボールを止められなかったけれど、普段は目隠ししてスポーツをすることはないので新鮮だった」と笑顔で語った。

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「見えないと怖い」ではない世界

高田さんは取材に、この体験こそが伝えたかったことだと強調する。「『見えないと怖い、大変なんだ』となりやすいが、実はそうではない」。困難を感じても工夫や練習次第で可能性は広がり、「面白い」と実感できることを知ってほしかったという。競技体験の後には、高田さんが「障害とは何か」「夢や目標を持つ力」をテーマに講話を行った。

高田さんの生い立ちと挑戦

北海道旭川市出身の高田さんは5歳の頃、網膜色素変性症で視力が低下し、現在は明暗が分かる程度だ。「『病気は治らない。大人になる頃には見えなくなる』と言われても、当時は5歳だから悲しくもうれしくもなかった」と振り返る。学校生活ではルーペで教科書を読み、黒板の文字が見えないため教師の言葉に耳を傾けてノートを取っていたという。

パラリンピックを目指すようになったのは大学生の時。それまで将来の夢がなく、自分に自信が持てなかったと打ち明ける。「嫌なことから逃げて過ごしてきた。何かに全力で頑張ったら自分のことを好きになれるんじゃないか」と一念発起した。2008年には目標だった北京パラリンピック出場の切符をつかみ、22年に第一線を退いた。

「誰かの笑顔のために」

大舞台を経験して心の在り方は変わった。「自分のためだけに頑張る」のではなく、「周りの人を笑顔にしたい」――その思考の変化が今の活動の原動力になっているという。「今の頑張りが誰かの役に立ったり、誰かの笑顔につながったりする。そう思いながら、夢や目標に向かってほしい」。高田さんは講話の終盤、児童らに呼びかけた。

出前授業は日本財団パラスポーツサポートセンターが16年から全国で展開する「あすチャレ!スクール」の一環として行われた。

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