みちのく潮風トレイル、被災地を歩くハイカーの復興への思いと癒やしの旅
みちのく潮風トレイル、被災地を歩くハイカーの思い

みちのく潮風トレイル、被災地を歩くハイカーの復興への思いと癒やしの旅

青森県八戸市から福島県相馬市までの沿岸部を結ぶ長距離自然歩道「みちのく潮風トレイル」は、雄大な自然の魅力だけでなく、東日本大震災の被災地としての教訓と人々の心を癒やす共感も得られる場所として注目を集めています。このトレイルを歩くハイカーたちは、故郷や家族に思いをはせながら、復興の歩みを自らの目で確かめ、心の旅を続けています。

震災の記憶と向き合う藤代尚子さんの8年間の完歩

東京都江戸川区に住む非常勤公務員、藤代尚子さん(52歳)は、「震災で傷ついた東北の復興を自分の目で確かめたい」という思いから、2014年11月に一歩を踏み出し、8年かけてみちのく潮風トレイルを完歩しました。福島県浪江町出身の藤代さんは、実家が東京電力福島第一原発から約8キロの位置にあり、事故後は「居住制限区域」に指定されました。一人暮らしをしていた母親は町外への避難を余儀なくされ、一時帰宅のたびに窓ガラスが割れ、野生動物がすみつき、天井が崩れる廃れていく家屋に心を痛めました。

復興を伝えるニュースに触れるうち、津波の被害が出ていたウミネコの繁殖地でもある八戸市の蕪島がトレイルの発着点になったことを知り、歩みを始めました。青森と岩手県境の階上岳の頂上では、大海原を飛ぶ渡り鳥の光景に心を打たれ、震災関連の情報があふれる日常を忘れることができたといいます。しかし、宮城県南三陸町では、高齢の母親が津波で行方不明になったままの被災者と出会い、「ただどこかで生きていてほしい……」と言われ、かける言葉が見つからなかったと振り返ります。自分と同じように、もがきながら生きる人々がいたことを実感しました。

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この間、復興住宅や道路が整備され、時の流れを実感した藤代さんは、正月や盆などに帰省していた実家が公費解体され、望郷の念が募る一方で、「前を向く覚悟ができた」と語ります。旅の出来事をブログで発信し、今も年1回トレイルを歩き、住民らとの交流を続けています。

妻への思いを胸に歩む沢口俊博さんの1年半の踏破

青森県六戸町の町職員、沢口俊博さん(56歳)は、末期の乳がんで亡くなった妻の恵美子さん(当時54歳)への思いとともに、2021年夏から1年半かけてみちのく潮風トレイルを踏破しました。四十九日法要の翌日、闘病中に夫婦でよく散策した八戸市の種差海岸を訪れ、「トレイルを一緒に完歩する」という約束を果たすため、リュックに恵美子さんの遺影とトレッキングシューズを詰めて出発しました。

多い日は50キロの道のりを進み、遺影を入れた額は傷だらけになりましたが、苦楽をともにする証しだと受け止めています。被災地の住民がコーヒーを差し入れてくれた温かな心遣いに、「妻をしのぶ時間が持てた」と笑顔で語ります。ゴール直前の2022年12月、情報発信拠点の「名取トレイルセンター」(宮城県名取市)に立ち寄り、2人の「全線踏破証」を発行してもらった際には、経緯を説明する自分だけでなく、対応してくれたスタッフも泣いていたといいます。「夫婦の歩みを認めてくれた」と共感の力に感謝しています。

沢口さんは再び、出発地の八戸市を目指して歩み始めました。思い出の種差海岸を過ぎたら、恵美子さんに伝えようと思っていると語り、「ありがとう」という言葉を胸に旅を続けています。

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トレイルがもたらす癒やしと復興への希望

みちのく潮風トレイルは、単なる自然歩道ではなく、震災の記憶と向き合い、人々の心を結ぶ場として機能しています。ハイカーたちは、以下のような要素を通じて、癒やしと希望を見出しています:

  • 自然の雄大さ:渡り鳥や海岸線の景色が、日常のストレスを忘れさせ、心をリフレッシュさせる。
  • 被災地との交流:住民との温かい触れ合いが、共感と絆を深め、復興の実感をもたらす。
  • 個人の物語:故郷や家族への思いを胸に歩むことで、前向きな覚悟や癒やしを得られる。

震災から15年を経て、トレイルを歩く人々は、復興の進展を確かめながら、自らの人生と向き合う旅を続けています。この場所は、東北の再生を象徴するだけでなく、人々の心に寄り添う癒やしの道として、今後も多くのハイカーを迎え入れるでしょう。