長崎出身女性が企画展「震災と原爆の記憶をつなぐ」 東日本大震災から15年、被災地と被爆地の絆を深める
長崎出身女性が企画展 震災と原爆の記憶をつなぐ

長崎出身女性が企画展「震災と原爆の記憶をつなぐ」 東日本大震災から15年、被災地と被爆地の絆を深める

長崎で東日本大震災を、宮城で長崎原爆を伝えたい――。長崎市出身で仙台市に暮らす女性が、震災から15年となる3月11日から、長崎市で「知ること・語ること・活かすこと」をテーマにした企画展を開催する。震災直後の3日間に被災者が撮影した家族の写真や復興の歩みを伝えるパネル展示を通じて、記憶を語り合い、市民同士が地域を越えてつながることを願っている。

震災体験が原爆の記憶と重なる

企画を主催するのは、20代で仙台市に移り住んだ奥村志都佳さん(56)。2011年3月11日午後2時46分、沿岸部に近い勤務先の会社で「体が放り出される」ような激しい揺れに襲われた。建物には亀裂が走り、津波が近くまで到達。その夜は同僚たちと会社の倉庫で過ごした。

津波に襲われた街、ライフラインの壊滅、福島の原発事故――。当たり前の日常が失われた時、長崎で平和学習を受けてきた奥村さんは「原爆投下後の焼け野原の光景が浮かんだ」という。電気やガスのない生活が続き、約1か月後、ライフライン復旧のため訪ねてきたのは長崎から支援に来たガス会社社員。「長崎の人に助けられた」と強く感じた。

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「3・11を経験し、8・9を伝える」活動を開始

以来、平和な日常がいかに尊いかを考えるようになり、「3・11を経験し、8・9を伝える」活動を始めた。地元のNPOなどの協力を得て、まずは宮城県内各地で原爆と仙台空襲をテーマにしたパネル展などを開き、「日常の平和」について考えてもらった。

2021年には、宮城の若者や子供たちに「平和の壁画」を描いてもらい、長崎市の平和団体と爆心地で展示。その後も2022年、2024年と同市で3月11日を中心にイベントを開き、被災地と被爆地をつないできた。

震災直後の家族写真を展示

今回は、震災直後に被災者が撮った家族写真を、震災記録活動に取り組む団体「3・11オモイデアーカイブ」(仙台市)から提供してもらい、タクシー会社勤務の天江真さん(59)ら4人の計5点を紹介する。これらの写真は、被災者の生の声と記憶を伝える貴重な資料となっている。

奥村さんは「震災と原爆は異なる災害だが、日常が一瞬で奪われる悲しみや、復興への思いは共通している。この展示を通じて、多くの人に記憶を共有し、未来への希望を育んでほしい」と語る。

企画展は長崎市の公共施設で開催され、入場は無料。展示期間中はトークイベントも予定されており、被災者や被爆者、市民が交流する場を提供する。奥村さんの活動は、災害の記憶を風化させず、平和の尊さを次世代に伝える重要な役割を果たしている。

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