15年の時を経て、気仙沼の画家が語る復興の現実と芸術の力
会ったことは一度もない。それでも、ずっと心に引っかかっていた人物がいる。宮城県気仙沼市で絵を描く小野寺牧夫さん(67)だ。2011年4月、名古屋市で開催された美術展で、東日本大震災の揺れによって穴が開いた作品を出展していた小野寺さんに電話取材を行い、その思いを記事にしたのが最初の接点だった。
15年ぶりの再会、変わらぬ創作への情熱
今年3月11日、震災からちょうど15年となる日に、久々に小野寺さんに電話をかけてみた。すると、「今も気仙沼で絵を描いていますよ」と、穏やかながらも力強い声が返ってきた。あの日から四半世紀が経過した今も、創作活動を続けていることに、記者は深い感銘を覚えた。
小野寺さんは、2011年3月11日、配達の仕事中に大きな揺れに襲われた。車を乗り捨てて高台へ必死に走り、津波によって変わり果てた故郷の光景を目の当たりにした。その瞬間、強い絶望感に包まれたという。
新たな街並みの裏側にある「むなしさ」
現在、気仙沼市には真新しい建物が並び、外見上は復興が進んでいるように見える。しかし、小野寺さんは「活気が戻らない街を見ると、実態は何もないと感じる」と語る。表面的な整備の裏側で、かつてのコミュニティや生活の温もりが失われたことへのむなしさが、今も彼を襲うという。
「そんな言葉にならない思いを、私はキャンバスに乗せているんです」と小野寺さんは続ける。震災後の複雑な感情ーー悲しみ、喪失感、そして再生への願いーーを、色彩と形で表現し続けている。
個展に向けた日々と、未来への約束
小野寺さんは現在、いつか開催する個展に向けて作品をためる毎日を送っている。具体的な日取りが正式に決まったら、連絡をくれるとの約束を交わした。記者にとっては「初対面」となるその日が、今から楽しみでならない。
15年前のあの日から、被災地は長い道のりを歩んできた。小野寺牧夫さんの絵筆は、復興の光と影、人々の心の軌跡を静かに記録し続けている。彼の作品は、単なる美術作品ではなく、震災という歴史的経験を後世に伝える貴重な証言なのである。



