チョルノービリの教訓と福島の現実
東日本大震災の追悼式取材のため常磐道を走る車中、記者は8年前の3月を思い出していた。あの時、ウクライナ・チョルノービリ原発事故の立ち入り禁止区域をガイドしていたセルゲイ・フランチュク氏が来日し、福島県の浜通りを共に南下したのだ。
二つの原発事故をつなぐ視線
普段は明るくおしゃべりなセルゲイ氏が、東京電力福島第一原発の排気筒や帰還困難区域のバリケードを前にすると、突然沈黙した。その視線には、自らが経験したチョルノービリの現実が重なっていた。
既に空き家が目立つ仮設住宅で、彼はこう語った。「住民は新たな家を確保できなかったら、放射能が心配な場所に戻らなければならないのか?」
セルゲイ氏は続ける。「ゾーンでは帰還した高齢者への支援が打ち切られ、国から見捨てられたのと同じ状況だ。日本は素晴らしい国だから、まさか同じことが起こるはずないよな」
戦火に消えたチョルノービリ、進む原発再稼働
それから4年後、ロシアの侵攻によりチョルノービリは戦場と化した。一方、日本では今も4万人以上が福島からの避難を続けている。その状況下で、原発の再稼働が着実に進められている現実がある。
セルゲイ氏は愛国者として知られ、酒が入ると軍隊時代の笑い話を大きな身振り手振りで語る人物だ。チョルノービリのゾーンでは高齢者に会うたび熱い抱擁を交わし、杯を酌み交わし、まき割りを買って出た。現在65歳になる彼は、侵攻後もゾーンに留まっているという。
問いかけられる日本の選択
セルゲイ氏の言葉は、単なる外国人の感想ではなかった。二つの大陸で起きた原発事故の経験者が、日本の未来に対して投げかけた重い問いかけである。
- 避難生活が長期化する中、帰還か移住かの選択はどうあるべきか
- 高齢化する避難者への支援体制は十分か
- 原発再稼働と避難者支援のバランスはどう考えるべきか
震災から13年が経過したいま、私たちはセルゲイ氏の問いかけにどう答えるのだろうか。日本のエネルギー政策と被災者支援の在り方は、国際社会からも注目されている。チョルノービリと福島、二つの原発事故の教訓をどう活かすかが問われる時代が続いている。



