2016年4月に発生した熊本地震から10年が経過した。この地震では、多くの被災者が自家用車内で寝泊まりする車中泊避難を選択した。余震への恐怖や集団生活への不安が主な理由だったが、その結果、エコノミークラス症候群の発症が多発し、死亡者も出る深刻な事態となった。先月20日に発生した三陸沖の地震でも、車での避難者が多数見られ、対策が急務となっている。本記事では、避難者の健康管理の課題と車中泊のリスク、そして適切な備えについて考察する。
車中泊避難の実態と悲劇
熊本地震で最大震度7を2回記録した熊本市東区に住む冨永真由美さん(67)は、寝たきりの母親を車中泊後に亡くし、その死は避難生活の負荷による災害関連死と認定された。避難所環境の改善など関連死防止の取り組みは進んでいるが、実際に車中泊を余儀なくされる人々への対策は容易ではない。冨永さんは「狭い車内では十分なケアができず、母が苦しむ姿を見るのは耐え難かった」と振り返る。
母親の津崎操さん(当時89歳)は地震の約2年前に自宅で転倒し大腿骨を骨折、その後寝たきりとなり、元ヘルパーの冨永さんが介護していた。4月14日の前震の夜、自宅は激しく揺れて壁にひびが入り、冨永さんは夫とともに操さんを抱え軽乗用車に乗せて避難した。「食事やトイレの介助が必要な母やペットの犬を避難所に連れて行くのは困難だった」と冨永さんは語る。3人は近くの家電量販店の駐車場に避難し、そこでは他の市民も車中泊していた。
一時帰宅したものの、16日未明の本震で再び同じ駐車場へ。余震に備えて車中で夜明けを待つ間、助手席で眠る操さんの容体が急変した。車中泊の影響でたんが詰まり、呼吸が次第に浅くなっていった。余震が続く暗闇の中、道路状況の悪さから二次被害を恐れ、夜明けまで動けず、その間に体力を消耗。病院に運ばれたが、明け方に窒息死した。「助手席はフルフラットにならず、少し倒しただけでは喉のたんが上がらない。家なら体を横向きにしてたんを出せたが、車内では難しかった」と冨永さんは悔やむ。
熊本地震では熊本市だけで避難者が11万人に達し、市の調査では市民の約4割が車中泊を経験した。移動の容易さから車を選び、そのまま車中泊に至ったとみられるが、体を動かさないことで血栓が生じるエコノミークラス症候群の問題が再浮上した。
内閣府は2024年6月、指定避難所以外にいる被災者への支援策をまとめた手引を公表。熊本市をはじめ、対策を始めた自治体も出てきている。冨永さんは「車中泊を選ばざるを得ない人がいる」と指摘し、母親のような災害関連死が繰り返されないことを願っている。
車内で安全に過ごすためのノウハウ
災害時に車中泊避難を余儀なくされた場合、安全に過ごすためにはどうすればよいか。熊本市の元職員で、災害時の車中泊ノウハウを広めるベンチャー企業「Bosai Tech」の大塚和典社長(62)に聞いた。
エコノミークラス症候群の予防
重要なのは、足を伸ばして水平に寝ることだ。車のシートを倒してフラットにし、シートの隙間をタオルで埋めて平らな面を作る。その上にキャンプ用マットや布団を敷く。洗濯かごを逆さにして足元に置くと、足を少し高く保つフットレストになる。段ボール箱でも代用できる。
事前の準備
車中泊で旅行し、足を伸ばして寝られる人数を実際に試してみることが大切だ。日本RV協会認定の「RVパーク」が各地にあるので、そこを利用するのがおすすめ。遊びの中での試行錯誤が本番で命を守るスキルになる。また、災害時は給油所が閉まるため、日頃からガソリンメーターが半分になったら給油する習慣を身につけてほしい。
車内に備えるべきもの
窓の目隠し用品はプライバシー保護と防犯に役立つ。100円ショップで手に入るマグネットカーテンで十分だ。避難生活での口腔ケアの怠りは病気につながりやすいため、歯ブラシと水は常に車に積んでおきたい。
能登半島地震の教訓
能登半島地震では、家族6人がミニバンで避難し、高齢女性が亡くなった事例がある。災害で助かった命を避難生活で失わないため、正しい車中泊の知識を広めたいと大塚社長は語る。
熊本市の新たな取り組み
熊本地震では、災害関連死を含め278人が死亡。車中泊避難者が指定避難所以外の駐車場に分散したことで所在把握が困難になり、行政の支援が行き届かず、犠牲者の8割を占める関連死の一因と指摘された。
この教訓を踏まえ、熊本市は今年4月、全国に先駆けて車中避難者向けのマニュアルとガイドラインを公表。市内2カ所を車中泊避難場所に指定し、排ガスによる一酸化炭素中毒を防ぐため「1台おきに駐車する」などの具体的な運用ルールを定めた。長期の車中泊は推奨しないが、指定避難所以外に避難した人への支援体制整備を求める内閣府の方針に沿った内容となっている。
マニュアルの最大の特徴は、デジタル技術を活用して避難者の情報を集約し、生活支援に役立てることだ。被災者は車中泊避難場所で入場QRコードを読み取り、年齢や避難人数、持病などを入力。行政側はその情報を基にリスクを選別し、優先的に訪問すべき人を判断したり、食事の配布時間を通知したりできる。
担当者は「指定避難所への避難が原則で、車中泊を推奨するものではない」としつつ、「やむを得ず車避難する市民の安全確保のために作成した。良い事例として広がれば、支援をいただいた全国への恩返しになる」と期待を寄せている。マニュアルは市のホームページで公開されている。



