大分・佐賀関の大規模火災から半年、民生委員が語る避難と復興への思い
昨年11月に発生した大分市佐賀関の大規模火災から、約半年が経過しました。この火災で被災した5地区の一部を担当する民生委員、牧野多美恵さん(74)が、火災当日の避難誘導やその後の活動について、本紙の取材に応じました。
牧野さんは、火元近くに自宅がありながら、風向きの影響で幸いにも被害を免れました。火災発生直後の状況について、彼女は次のように振り返ります。
「職場から帰宅し、夕食の準備をしていた午後6時ごろ、外から『ウーウー』というサイレンや『カンカンカン』という音が聞こえてきました。すぐに火事だと気づき外に出ると、近くは火の海で、先に気づいた人たちが火の行方を見守っていました。風が強く寒い日で、火の回りが非常に速かったです。」
牧野さんは、避難が呼びかけられた後、田中公民館が混雑していたため、佐賀関市民センターへの徒歩避難を促しました。しかし、「歩ききれない」と訴える住民もおり、彼女は「西町公民館で休憩してもいい。一歩でもいいから進んで」と声をかけました。
さらに、過換気症候群になった女性を自身の軽自動車で避難させ、西町公民館にいた足の不自由な人ら5人を2回に分けて市民センターへ送り届けました。自宅周辺に残っている人を確認するため戻ると、まだ数人がいたため、警察官と協力して車に乗せて避難させました。市民センターでは、安否が不明な人に電話をかけ、確認が終わったのは午後11時を過ぎていました。
避難所となった市民センターは被害がなく、トイレや暖房が使用できましたが、家を失った人や、四十九日を迎える前の遺骨を持ち出せなかった人もいました。牧野さんは、支援に訪れたNPO法人スタッフの呼びかけで、クリスマス前まで毎日、朝食の炊き出しを手伝いました。避難所から自宅に戻った後も、午前5時に起きて準備を続けました。「ご飯をもらいに来た人の顔色を見て、会話ができる。ふれあいができて良かった。どこかで何かあれば、真っ先にボランティアに行こうと思っています。」
今年2月には、地域の高齢者が気軽に参加できる「ふれあいサロン」を再開。田中公民館でスカットボール(スティックでボールを打ち、得点穴を狙うゲーム)を行い、参加者に喜ばれました。また、警察官による交通安全や詐欺防止の講話、防災士による防災食の調理実習、ダンボールトイレ作りなど、実用的なプログラムを提供しています。牧野さんは「もし災害があった時は、玄関先まで出てきてほしい」と住民に呼びかけ、憩いの場として地域のよりどころとなることを目指しています。
牧野多美恵さんのプロフィール
牧野さんは栃木県日光市出身。父親の転勤で小学4年時に現在の大分市佐賀関に移り住みました。看護師として市内の病院などで働き、現在は介護施設に勤務。防災士の資格も持ち、今年4月には市から「佐賀関地域復興計画策定アドバイザー」(6人)に委嘱され、「住民の意見を取り入れてもらえるように頑張りたい」と語っています。得意料理は稲荷ずしとのことです。



