江戸時代から続く織物会社が高級傘ブランドで新たな挑戦
山梨県西桂町に江戸時代の1866年から続く織物会社、槙田商店。6代目社長の槙田洋一さん(46)は、下請け依存の経営から脱却し、自社ブランド「槙田商店」の高級傘やバッグを国内外に広める取り組みを進めている。
轟音と熱気が満ちる工場で生まれる美しい布地
6台の織機が並ぶ織物工場では、轟音と熱気が満ちあふれている。この工場で織り上げられる緻密な布地は、自社ブランドの傘やバッグに仕立て上げられる。槙田さんは「裏表問わず絵柄や質感が美しく、光による色彩の変化も楽しめるよう、デザインから製造まで徹底的にこだわっています」と胸を張る。
戦後、同社は複雑な絵柄を作るジャカード織りを中心に、国内企業の下請けとして洋服の布地や傘の生産を担ってきた。しかし、2008年のリーマン・ショック後の受注激減が転機となった。赤字が続き「会社が潰れる」という危機感を抱いた槙田さんは、会社の強みを見直す中で、傘の製造において生地のデザインから糸の手配、組み立てまで一貫して自社で行える体制が整っていることに気づいた。
自社ブランド立ち上げとオンライン販売の急成長
2010年、同社は初めて「槙田商店」ブランドで高密度の布を使った高級傘を製造。郡内地域の織物業者有志と連携し、首都圏のデパートや商業施設に置いてもらったところ、好評を博した。さらに、コロナ禍では傘のオンライン販売が急成長。2023年度までの4年間で、オンライン売上は約6倍に拡大した。
現在、傘を中心とした自社ブランドは売上の3割以上を占めるまでに成長。海外販売にも力を入れており、6月には韓国で販売イベントを実施する予定だ。
異業種経験が生かされたブランド戦略
大学卒業後から2009年に家業に入るまで、槙田さんは家業から離れて仕事をしていた。妻の実家の懐石料理店でマネジャーを務めていた際、食材や盛りつけの説明を工夫することで客満足度を高め、リピーターを増やした経験が、自社ブランドの発展に生かされているという。
「展示会で町や会社の歴史、工程や技術を資料にまとめて配布したところ、取引先がより興味を持ってくれ、マスコミも大きく取り上げて販路拡大につながりました。会社を継ぐ前にやってきたことは無駄じゃなかった。点と点がつながって線になったような感覚でした」と槙田さんは振り返る。
地元への貢献と未来への展望
一方で、地元に対する貢献も忘れない。小学生の工場見学の受け入れに加え、2023年度からは小中学校の卒業証書カバーを児童生徒と協力してデザインしている。富士山や三ツ峠山を鮮やかな色合いであしらったカバーには、「就職などを機にいずれ町を出る子どもが多い中、少しでも地域のことを覚えていてほしい」との思いが込められている。
今後は、本社併設の直営店を拡大し、お客さんが製作工程を眺めながら商品を購入できる売り場の創設も検討中だ。「自社ブランドを通じ、国内外に西桂の名前を届け、地元の人に誇りに思ってもらえるような企業になりたい」と槙田さんは語る。地域に根ざした老舗企業の挑戦は、これからも続いていく。



