埼玉県内で暮らすクルド人に対する暴力や嫌がらせが深刻化している。今月12日には、川口市在住のクルド人男性(25)がJR蕨駅で見知らぬ男に突然殴られる被害に遭った。男性は「突然殴られてショックを受けている」と語り、自身が外国人であることが原因ではないかと疑念を抱いている。
暴力被害の実態
男性によると、12日午前7時すぎ、JR蕨駅東口のエレベーターを降りたところで、一緒に乗っていた会社員風の男に「何だこの野郎」と胸ぐらをつかまれ、顔を殴られたという。男性は両親を東京都内の入管施設に送るため駅を訪れており、エレベーターに乗る際に閉まりかけた扉を開けて乗り込んだことが男の怒りを買ったとみられる。エレベーター内でも男は無言で肩をぶつけてきたという。男性は男を取り押さえようと脚を蹴ったが、男は逃走し、ホームまで追いかけたが東京方面行きの電車に乗って去った。当時は通勤ラッシュで駅は混雑していたが、誰も助けに入らなかった。男性は唇を切るけがを負い、血を流していた。
男性はこれまでも日本人に突然携帯電話で撮影されたり、中指を立てられたりした経験がある。「今回も自分が外国人だから殴られたのではないか。どうしても悪く考えてしまう。問題が起きても警察も国も動いてくれない。何をしても外国人が悪くなっちゃう」と、来日10年で流ちょうな日本語を身につけた男性は訴えた。
ヘイト行為の広がり
埼玉県では2023年ごろからクルド人へのヘイト行為が表面化。路上での排斥デモや、盗撮した動画・写真のネットへの投稿など、さまざまな手法で中傷が行われてきた。日本クルド文化協会が今月実施したアンケート(回答者55人)によると、「断りなく写真や動画を撮られてネットに投稿された人」は約7割に上る。「入学や就職を断られた」「住居や事務所、駐車場を貸してもらえなかった」「子どもがいじめを受けた」との回答もあった。
さらに、クルド人が生活・就労する現場への直接的な攻撃も相次いでいる。昨年8月には川口市内の公園で、クルド人の小学5年生の男児が日本人の男から「法律がなければ、おまえらなんかぶっ殺してやる」と暴言を受け、1カ月前には同じ男から地面に押し倒される暴力を受けていた。また、昨年8月には東京都新宿区の解体工事現場で「クルド人に死を」との落書きが発見された。今年4月下旬には、足立区の作業現場で解体用重機のケーブルが刃物で切断される被害が発生。同様の被害を防ぐため、各現場に防犯カメラを設置する動きも出ている。
解体業を営むクルド人男性は「これまでは遠くから盗撮されることが多かったが、最近は現場の中まで入ってくるようになった。蕨駅で殴られたように、次は重機の代わりに人間が襲われるのではないか」と恐怖を語る。
ヘイトスピーチ解消法の10年
「不当な差別的言動は許されない」と定めるヘイトスピーチ解消法は2016年に成立し、来月で施行から10年を迎える。同法は、2000年代後半から「在日特権を許さない市民の会(在特会)」などが在日コリアンらに対する憎悪をあらわにしたデモを各地で繰り広げたことを背景に、与野党の協力で成立した。中心となった有田芳生衆院議員(中道改革連合)は「私だけではなく、自民、公明含め取り組んだ議員はみんな死に物狂いだった」と振り返る。しかし、成立過程で野党案にあった明確な禁止規定や罰則は盛り込まれなかった。
施行から10年が経過した今、差別は依然として続き、むしろ悪化しているとの指摘がある。ノンフィクションライターの安田浩一氏は、クルド人を「ゴキブリ」と呼び「駆逐しろ」と叫ぶ女性の街頭演説動画を紹介し、「解消法成立後も悪質な差別は繰り返されている。標的は在日コリアンからイスラム教信者やクルド人へと多様化し、活動家ではなく普通の人が差別デモに参加するようになった」と警鐘を鳴らす。
師岡康子弁護士は、解消法に禁止規定がないためヘイトスピーチを即座に止めたり取り締まったりできないと指摘する一方、被害者が同法を活用して裁判に訴え、排外デモの差し止めやネット投稿への慰謝料を勝ち取るなど一定の成果もあったと評価。さらに、川崎市条例(2019年成立)が日本で初めて刑事罰を導入し、以降条例違反のヘイトデモが発生していないことを紹介した。
超党派議連が全面改正を提案へ
こうした状況を受け、「包括的差別撤廃法制定を求める議員連盟」は25日、国会内で集会を開催。有田氏は「川崎市条例をモデルに解消法の全面改正を提案したい。罰則を設け、ネット上のヘイトにも対応したい」と述べ、来年の通常国会への改正案提出を目指す意向を示した。
同議連には自民党の西田昌司参院議員、公明党の矢倉克夫前参院議員、共産党の仁比聡平参院議員も参加。仁比氏は「政治がヘイトを止めなければならない」と決意を語った。法務省も本年度、ヘイトの実態調査に約7000万円の予算を計上。SNSの分析や国民意識調査、被害当事者への聞き取りなどを実施する方針だ。
有田氏は「解消法成立時にも法務省が300万円で実態調査を行い、成立の追い風になった。今回の調査も大きなポイントになる」と期待を示し、「議連で改正案を取りまとめ、来年の通常国会に提案したい」と強調した。



