東京から沖縄の歴史や文化を発信する「狛江の小さな沖縄資料館」(東京都狛江市)で、アートを通して本土と沖縄や世代間で進む「分断」を考えるトークイベントが開かれた。同館で開催中の「内灘闘争」をテーマにした学生アート展の一環として行われ、沖縄の「『辺野古』県民投票の会」元代表の元山仁士郎さん(34)らが登壇し、先人たちの記憶をどう継承するかを議論した。
内灘闘争と沖縄基地集中の歴史
1950年代に石川県で起こった内灘闘争は、戦後の反米軍基地闘争の先駆けとされる。米軍の砲弾試射場のため砂丘を永久接収する方針に反対し、漁村の「おかか」たちが座り込み、むしろ旗を立てて抗議の声をあげた。本土での激しい反基地闘争は、その後、沖縄に米軍基地が集中するきっかけとなった。
19日に開かれたトークイベントは、同館を運営する高山正樹さん(68)が、内灘闘争に向き合う学生たちのアートと「沖縄」のつながりを模索して企画。約40人が集まった会場で、一橋大大学院で内灘闘争を研究する冨樫洋乃輔さん(25)が、地元でも知る人が少なくなった闘争の歴史を解説。50年代の内灘や沖縄で土地を守るために掲げられた「金は一年、土地は万年」の合言葉をキーワードに意見を交わした。
沖縄の失望感と「逆転」の現実
元山さんは「沖縄は米軍基地を止めるためにあらゆる合法的なことをやってきた。もう手段が見つからない」と吐露。広がる失望感から基地を我慢する代わりの予算を選択する人もいるといい「むしろ『土地は一年、金は万年』に逆転している」と話す。ただ「アートなら集まれる人がいる」とも。沖縄で辺野古埋め立ての賛否を問う県民投票が行われた2月24日に毎年続けられている音楽祭が「基地問題を考える貴重な場になっている」と指摘した。
若い世代の模索と世代間の共感
「中国ごめん」コールで話題になった新宿の平和フェスに参加した東大4年の金沢伶さん(23)は「デモにもまだ可能性がある。本当は社会変革が若者抜きで行われることはあり得ない。私たちは最初から諦めさせられ、最悪の現実から模索しなきゃいけない世代」と話し、世代を超えた共感を訴えた。
イベントでは、参加者からも「本土では沖縄の問題が遠いものに感じられる」「歴史を学ぶことの大切さを再認識した」などの声が上がり、分断を乗り越えるための議論が交わされた。高山さんは「アートという共通言語を通じて、沖縄と本土、そして世代間の対話を続けていきたい」と語った。



