三重県内有数の歓楽街として知られる松阪市愛宕町に店を構える「赤玉寿司」は、1965年の創業以来、地域の人々に愛され続けてきた老舗すし店です。バブル崩壊や新型コロナウイルス感染症の流行により街の様子が一変しても、店主の松本守さん(84)は「おいしいすしを気軽に食べてもらいたい」という創業当時の思いを胸に、素材にこだわったすしを提供し続けています。
創業者の思いと店の歴史
赤玉寿司の前身は、松本守さんの父である故・正雄さんが同町で営んでいた食堂「洋食赤玉」でした。守さんは中学校を卒業後、大阪のすし店で5年間の修業を積み、その後、父の店を引き継いで現在の場所に赤玉寿司を開店しました。「歓楽街に店を構えたこともあり、当時はすしの専門店が少なかったため、大忙しだった」と守さんは振り返ります。
バブル期の繁栄と変遷
開店当初から、クラブやバーで酒を飲む前後、あるいは締めとして訪れるサラリーマンで連日にぎわい、20人が座れるカウンターは午前2時でも満席が続きました。しかし、バブル崩壊後は客足が減少し、さらに2020年からのコロナ禍で状況は一変。松阪駅前の商店街に飲食店が次々とオープンしたこともあり、人の流れが変わりました。現在はランチ営業が経営の柱となっています。
こだわりのランチメニュー
平日の午前11時、オープンと同時に店内は地元の年配客や「ママ友」グループで満席になります。注文のほとんどは、すしと天ぷら、吸い物など計5品のランチ限定メニュー(1650円)です。常連客は「良い意味で値段が味と量に見合っていない」と笑顔で語ります。このランチメニューは、1993年に息子の征之さん(61)が加わり、市内の日本料理店での修業経験を生かして開発したものです。仕事の昼休みに「プチぜいたく」を楽しむ女性客を中心にブームを呼び、店の経営をさらに軌道に乗せました。
老舗を支える熟練の技
守さんは過去に県鮨業生活衛生同業組合の理事長を6年間務め、すし業界の発展に尽力してきました。しかし、年齢により体力の限界を感じるようになり、「私自身、あと何年この店を続けられるか分からない」とぽつり。腕が上がらないため、すしは1貫ずつカウンター越しに出すのではなく、皿に「おまかせ」を載せて提供しています。それでも熟練の職人は「おいしいと満足してもらえるのが何よりの支え。体力が続く限り、お客さんの要望に応えて営業を続けたい」と語り、今日もすしを握り続けています。
変わらぬ思いで未来へ
創業から60年近くが経ち、街の風景は大きく変わりましたが、赤玉寿司の提供する味と心は変わりません。松本守さんの「おいしいすしを気軽に食べてもらいたい」という思いは、これからも松阪の地で受け継がれていくことでしょう。



