原町無線塔の功績伝える活動 副柱模型展示6日終了
原町無線塔の功績伝える活動 副柱模型展示6日終了

昭和初期、現在の南相馬市には無線塔(左から4本目)と周囲を囲むように並ぶ5本の副柱が立っていた。1921年の開所から100年以上が経過した原町無線塔は、役割を終えた後も素材が形を変え、多くの人々のために貢献してきた。南相馬市博物館にある副柱の模型展示が6日に終了するのを前に、功績を知ってもらおうと活動する人々の思いを紹介する。

サイクロトロンの理研3号機と渡辺さんの思い

埼玉県和光市の理化学研究所仁科加速器科学研究センター入り口で大切に保管されている加速器「サイクロトロン」の理研3号機。物理学の研究などで使われたこの装置について、渡辺さんは「歴史ある大事なものと知ってほしい」と語る。原町無線塔の副柱の一部は、このサイクロトロンの部品として再利用されたという。無線塔の鉄材が科学の発展に役立った事実を、多くの人に伝えたいと渡辺さんは熱意を込める。

無線塔の歴史と役割

原町無線塔は、1921年に開所し、太平洋戦争中は軍事通信に利用された。戦後は放送局としても使われたが、1970年代にその役割を終えた。しかし、塔の鉄材は解体後も捨てられることなく、理化学研究所のサイクロトロン建設に転用された。このように、無線塔は形を変えながらも科学技術の発展に寄与し続けた。

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模型展示終了への思い

南相馬市博物館では、無線塔の副柱の模型を展示してきた。この模型は、当時の無線塔の構造を理解する上で貴重な資料である。展示は6日で終了するが、関係者は「無線塔の功績を後世に伝えるため、何らかの形で保存・展示を続けたい」と話す。博物館を訪れた人々は、模型を通じて無線塔の歴史に触れ、その重要性を再認識している。

今後の活動

渡辺さんや地元の歴史愛好家たちは、無線塔の功績を広く知らせるための活動を続けている。講演会や資料の公開など、様々な方法で情報を発信している。彼らは「無線塔が科学や通信に果たした役割を、次の世代に伝えていくことが私たちの使命」と語る。模型展示の終了後も、その活動は続く。

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