狭山事件・石川一雄さん一周忌 支援者400人が再審求め集会 無念晴らす誓い新たに
埼玉県狭山市で1963年に女子高校生が殺害された狭山事件で無期懲役が確定し、冤罪を訴えて再審請求中に亡くなった石川一雄さんの一周忌にあたる11日、同市内で追悼集会が開かれました。支援者ら約400人が集結し、「石川さんの無念を晴らすぞ」と固い決意を表明しました。
駅前での献花と妻の切実な訴え
西武新宿線狭山市駅前では、石川さんの遺影を前に支援者らが献花を行いました。石川さんの死後、本人に代わって東京高等裁判所に第4次再審請求を申し立てた妻の早智子さん(79)は、「(石川さんは)殺人犯のレッテルが貼られたまま天国に旅立った。重い重い、見えない手錠がかかったまま。この無念を晴らしたい」と切実な思いを語りました。早智子さんの言葉には、長年にわたる苦悩と正義への強い願いが込められていました。
狭山市市民会館での大規模集会
狭山市市民会館には約400人の支援者が集まり、石川さんの冥福を祈って黙とうをささげました。集会を主催した部落解放同盟中央執行委員長の西島藤彦さんは、「悔しい思いをバネにし、何としてでも無実を勝ち取っていかなければならない。集会を契機に、今年は光があたる年にしたい」と力強く訴えました。参加者たちは一様に真剣な表情で演説に耳を傾け、再審実現への連帯の意思を示しました。
石川一雄さんの経緯と再審請求の歩み
石川さんは強盗殺人容疑などで逮捕され、1977年に最高裁判所で無期懲役が確定しました。1994年に仮釈放された後も、2006年に第3次再審請求を申し立てるなど、無実を証明するための活動を続けてきました。しかし、昨年3月11日に86歳で亡くなり、その願いは叶わぬままとなりました。現在は妻の早智子さんが第4次再審請求を引き継ぎ、司法の場での真相究明を求めています。
集会では、参加者たちが石川さんの無実を信じ、再審による名誉回復を目指す姿勢を改めて確認しました。支援者たちは、事件から60年以上が経過した今でも、真相解明への熱意を失わず、石川さんの無念を晴らすための活動を継続していくことを誓いました。



