白血病再発と闘う中川桃子さん、夫への思いが支えに「死ねへん」
白血病再発の闘病、夫への思いが支え「死ねへん」

白血病再発と闘う中川桃子さん、夫への思いが支えに

三重県亀山市に住む中川桃子さん(36)の白血病が再発したのは、寛解から5年半を経た2017年8月のことでした。夫の大樹さん(37)と結婚してわずか3か月後の出来事です。幻覚や視覚障害など、治療と同時に次々と襲いかかる異変に、彼女は耐え続けなければなりませんでした。

結婚直後の再発、母の言葉が決断を後押し

藤田保健衛生大学病院(現・藤田医科大学病院、愛知県)での治療が再開された際、桃子さんはこう振り返ります。「覚悟というより、有無を言わせず治療に向かうしかなかった」と語りました。母から「あんたどうするの? 2回目はもう治療は受けない言うてたけど……」と言われた後、「でも、大ちゃん(大樹さん)を残して死ねへんやろう」と続けられたそうです。桃子さんは「ほんまやなあ」と返答し、「ざっくばらんな会話でしたけどね」と笑いながら当時を思い出します。

結婚式は当初、5月か8月の予定でしたが、12月に婚約し、5月に挙式しました。この時は体調も良く、大学の単位も取り終えた後だったため、「不幸中の幸い」のタイミングだったと感じています。再発時も同様に、状況の中で最善の選択ができたと話します。

幻覚と闘いながらの治療、医学の進歩に感謝

藤田医科大学病院に転院した頃、桃子さんは意識がもうろうとしていました。検査技師が採血に来ると、お寺にいるような感覚に襲われ、看病で付き添う夫に「大ちゃん、なんでお寺におるの? 早く帰ろう」と迫ったそうです。夫が病院だと答えると、「違うよ、違う」と反論し、車いすで放射線治療に向かう際には廊下にお花畑が見えるなど、幻覚がつきまとっていました。

入院直後から、腰椎穿刺で脳脊髄液を抜き、抜いた量だけ抗がん剤を入れる治療を何度も繰り返しました。背中を丸めて骨と骨の間に注射針を刺す髄注はつらい治療でしたが、白血病の細胞が減り、脳圧が下がることで楽になった経験から、医学の進歩に感謝の念を抱いています。

視力の異変と看護師経験がもたらした気づき

体力の限界で寝たきりだった時期が過ぎ、治療の効果が出始めた9月末頃、意識がクリアになってくると視力の異常に気付きました。医師の顔色が変わり、急きょ眼科に連絡が入り、検査の結果、白血病の細胞が増殖して目の神経を圧迫し、視神経が萎縮したことが判明。「視神経がぺちゃんこで元には戻らない」と告げられました。

幼少期からの夢だった看護師の経験は、闘病生活に大きな影響を与えました。4歳から憧れ、小学3年生でナイチンゲールの伝記を読んだ桃子さんは、医療現場で得た体験の重みを実感。「なんでこんなにつらい思いをしながら治療を受け、生きていかなければいけないのか」と自問する一方で、すべての患者が絶対に病を治したい、生きたいと思っているわけではないことも学びました。

視覚障害となった後の葛藤や生活の立て直し、人生目標の設定については、後日改めてインタビューが予定されています。中川桃子さんへの講演依頼などは、亀山市市民活動・ボランティアセンター「ぷらっと」(0595-84-5008)までお問い合わせください。