ビキニ事件から72年、焼津と静岡で核廃絶訴える行進と集会が開催
ビキニ事件72年、焼津・静岡で核廃絶訴える行進と集会 (01.03.2026)

ビキニ事件から72年、核廃絶の願いを新たに

1954年、太平洋・マーシャル諸島のビキニ環礁で米国が実施した水爆実験により、静岡県焼津市のマグロ漁船「第五福竜丸」が被曝した「ビキニ事件」から、2026年3月1日で72年を迎えました。この節目の日に、焼津市と静岡市では核兵器廃絶を訴える行進や集会が開催され、多くの市民や関係者が参加しました。

焼津市での墓参行進と追悼の祈り

焼津市では、被曝により亡くなった第五福竜丸の無線長、久保山愛吉さん(当時40歳)を悼む墓参行進が実施されました。約950人が参加し、JR焼津駅前を出発点として、久保山さんの墓がある弘徳院(同市浜当目)までの約2キロを歩きました。参加者たちは横断幕を掲げ、原水爆の根絶を強く訴えながら、静かに行進を続けました。

墓前では、手を合わせて祈りを捧げる姿が見られ、久保山さんが生前に好んでいた赤いバラが手向けられました。この行進は、核兵器の犠牲となった方々への追悼と、平和への願いを込めた象徴的なイベントとなりました。

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元乗組員の家族による核廃絶への切実な訴え

2021年に87歳で死去した元乗組員、大石又七さんの義妹である河村恵子さん(78)は、集会で次のように語りました。「核兵器は人々を苦しめ、傷つけ、死に至らしめる恐ろしいものです。私たちは、このような兵器を地球から完全に排除することを強く願っています」。彼女の言葉には、被曝体験を家族として受け継いできた深い悲しみと、核廃絶への切実な思いが込められていました。

静岡市での全国集会と継承される思い

静岡市葵区の静岡労政会館では、「3・1ビキニ・デー全国集会」が開かれ、県内外から約160人が集まりました。第五福竜丸の漁労長だった見崎吉男さんの長女、杉山厚子さん(74)が講演を行い、核兵器の悲惨さを訴えました。

杉山さんは、父親から当時の被曝の様子を直接聞いた経験や、元乗組員らが記した手記の内容を紹介し、「核兵器は人間の尊厳を奪い、未来を脅かす存在です」と強調しました。さらに、「父たちや乗組員の核兵器廃絶への強い思いを、私たちの世代が引き継ぎ、次世代へと伝えていかなければなりません」と語り、継承の重要性を訴えました。

72年を経ても変わらぬ平和への願い

ビキニ事件から72年が経過した今も、核兵器の脅威は世界中で続いています。今回の行進や集会は、単なる記念行事ではなく、核廃絶への具体的な行動を促す機会となりました。参加者たちは、以下の点を共有しました。

  • 被曝体験の記憶を風化させないことの重要性
  • 核兵器の非人道性を広く社会に伝える必要性
  • 平和な世界を築くための継続的な活動の推進

焼津市と静岡市での取り組みは、地域から発信される核廃絶のメッセージとして、国内外に大きな影響を与えることが期待されています。今後も、このような活動を通じて、核兵器のない世界を目指す動きが活発化していくでしょう。

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