オバマ氏広島訪問から10年、花輪手渡した元女子高生の今 「核廃絶議論進んだが戦争する世に」
オバマ氏広島訪問10年、花輪手渡した元女子高生の今

米国のオバマ元大統領が、現職の米大統領として初めて被爆地・広島を訪問してから10年が経過した。当時、地元の高校生として平和記念公園(広島市中区)でオバマ氏に花輪を手渡した並川桃夏さん(27)は、現在もNPOで被爆証言の継承に取り組んでいる。オバマ氏も語った「被爆者なき時代」が近づく中、次世代に体験をつなぐ重要性は増している。

歴史的な訪問から10年

2016年5月27日夕、安倍首相(当時)と平和記念公園を訪れたオバマ氏は、「勇気を奮い起こして原爆が投下された瞬間を想像してみる」と語り、核兵器のない世界を追求する必要性を訴えた。「いつの日か、証人としての被爆者の声を聞くことがかなわなくなる日が来る」と「被爆者なき時代」にも言及した。

広島女学院高3年だった並川さんは、約17分間に及んだオバマ氏の声明を近くで聞いていた。オバマ氏が広島に来る直前、教員から突然呼ばれ、原爆死没者慰霊碑に献花する花輪をオバマ氏に手渡すよう告げられた。被爆者の祖父が自身の体験を語ることはなかったが、高校に入って新しいことをしたいと核廃絶に向けた活動に取り組み、前年には外務省の「ユース非核特使」として核拡散防止条約(NPT)再検討会議に参加していた。こうしたことが指名された背景にあったと推測する。

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当日は「言葉を交わさないように」と言われていたが、花輪を渡す際、オバマ氏に「How are you?」と声をかけられた。広島訪問への感謝も込め、英語で「ありがとう」と返した。歴史的な場面に立ち会えたことを実感した。

継承への取り組み

東京の大学に進学後は、原爆に関する手記や史料などの保存・収集に取り組むNPO法人「ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会」(東京)にボランティアとして関わった。現在は広島に戻り、税理士事務所で働く傍ら、同NPOの活動に引き続き関わり、週末などにデジタル技術を活用した継承の取り組みを行う。ネット上の地図と被爆者の証言や顔写真を組み合わせた「デジタルアーカイブ」の作成や、親子と被爆者とのオンライン座談会などに取り組む。

今年3月にオンライン座談会に参加した被爆者の広中正樹さん(86)は「オンラインや映像で記録を残すことは大切で、時間がたっても被爆の証言者がどんな人だったかを伝えることができる。並川さんらの活動は頼もしく、ありがたい」とエールを送る。

矛盾した感覚と今後の決意

10年前に抱いた核廃絶が前進することへの期待感とは裏腹に、国際情勢は厳しい。「核兵器禁止条約など核廃絶の議論は進んだと思うが、戦争する世の中になってしまった。進んだのか、進んでいないのか、矛盾した感覚」と並川さんは語る。それでも、あの日の経験がなければ、ここまで自身が平和活動に関わることはなかったかもしれないと思う。「被爆者の言葉をどうしたら色々な人に伝えられるのかを模索し続けたい」と語った。

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歴史的な出来事の背景

オバマ氏は、三重県で開かれた先進7か国(G7)伊勢志摩サミットの開催にあわせて広島を訪問した。平和記念公園を訪れたオバマ氏は、安倍首相(当時)とともに広島平和記念資料館を見学し、原爆死没者慰霊碑に献花。原爆ドームを背に声明を発表した。その後、日本原水爆被害者団体協議会(被団協)代表委員だった坪井直さん(2021年に死去)と言葉を交わし、被爆米兵の調査に取り組んだ歴史研究家の森重昭さん(今年3月に死去)と抱擁するなどした。原爆を投下した側と被爆者との対話として、歴史に残る出来事となった。一方で、声明では原爆投下への「謝罪」に踏み込まず、資料館の見学や被爆者との対話は短時間にとどまったことなどから一部の被爆者らには反発もあった。