富山市大山地域で約150年前から作られている特産品「みょうが寿司」が、継承の危機に直面している。同地域で生産を担う農事組合法人「味彩おおやま」(富山市田畠)は昨年、2029年をめどに法人を解散する方針を決定。代表理事の真田由香里さん(62)は「先代から引き継いだものをここで絶やしたくない。なんとかならないか」と頭を悩ませている。
みょうが寿司の特徴と歴史
みょうが寿司は、炊いたコメを桶に入れ、酢とミョウガのみじん切りを混ぜた後、型に詰めて一口大のミョウガとマスをのせる。重しをのせて圧縮して押し寿司にし、ササで包むと完成する。シャキシャキとしたミョウガの食感と甘酢のさっぱりとした味わいが特徴だ。
ミョウガが同地域山間部の小佐波地区に自生していたことから、古くから地元住民が家庭料理として親しんできた。町おこしの一環で1989年に商品化され、2002年に同法人が設立された。当初は約20人の従業員が働き、2003年度には約13万8000個を生産していた。
苦渋の解散決断
しかし、同地区でのミョウガの収穫は、農家の担い手不足やイノシシによる被害の影響で年々減少。生産量確保のため、2017年度からは県内の他地域で採れたミョウガも使用するようになった。2025年度では入荷量のうち半分以上を他地域に依存している。
コメの価格上昇や猛暑による不作も追い打ちをかけ、2024年度にはみょうが寿司の生産量が最盛期の約3分の1の約4万6000個まで落ち込んだ。
組合員やパート従業員も法人設立当初から半減し、現在は女性8人が生産を担う。半数が70歳代と高齢化が進むが、20キロの重しを運ぶなど体への負担は大きい。最年少も50歳代で、後継者不足に悩む。かつては週6回生産していたが、現在は週3回、朝に2時間ほどの作業となっている。
真田さんは昨秋、「このままずるずると従業員に負担をかけられない」と組合員らと話し合い、2029年をめどに法人を解散することを決断した。
土産としての人気と継続への模索
しかし、みょうが寿司を心待ちにする人は今も多い。現在、JAの直売所やイベントなどで2~3個を1セットにして販売し、週末には県内外の客から手土産として人気を集めている。
真田さんらは、みょうが寿司を作る体験会や大学への出前講座で、若者への認知度向上にも取り組んでいる。真田さんは「まずは、どんな形でも作り続けていくことが大事。若い世代にもイベントなどを通して知ってもらうための努力をしていきたい」と、生産継続を模索している。
同法人の解散後も、みょうが寿司の文化を絶やさないため、地域ぐるみでの支援や新たな担い手の発掘が求められている。伝統の味を守るための取り組みが、今まさに試されている。



