篠田正浩監督没後1年、ユニークな回顧上映が始動 岩下志麻「出会わなければ今の私はない」
篠田正浩没後1年、回顧上映始動 岩下志麻が語る

篠田正浩監督没後1年、ユニークな回顧上映が始動

2025年3月に他界した映画監督・篠田正浩の多彩な作品世界に改めて光を当てるプロジェクトが、没後1年のタイミングで動き出した。中核となるのは、個性豊かなさまざまな劇場がリレー形式で行う回顧上映。その作品世界を多角的な視点からたどり、未来へつなぐための取り組みだ。最初の上映館でのトークには、篠田の妻であり映画の同志でもある岩下志麻が登壇し、「出会わなかったら今の私はない」と語った。

前衛と伝統を溶け合わせた作品世界

1931年生まれの篠田は、前衛と伝統、虚構と現実、聖と俗、過去と現在など、一見相反する要素を融合させながら、日本と日本人の存在を描き出してきた。監督した長編映画は32作品にのぼる。岐阜県出身で早稲田大学第一文学部で中世・近世演劇を専攻。在学中に箱根駅伝に出場し2区を走った。1953年に松竹大船撮影所に入社し、1960年に「恋の片道切符」で監督デビュー。第2作「乾いた湖」以降、大島渚、吉田喜重らとともに“松竹ヌーヴェル・ヴァーグ”を代表する異能として注目を集めた。

松竹退社後の1967年、独立プロダクション「表現社」を妻の岩下志麻(同年に結婚)と共に設立し、自主製作を開始。「心中天網島」など視覚的にも鮮烈な傑作で日本映画を先導。その後も“少年三部作”(「瀬戸内少年野球団」「少年時代」「瀬戸内ムーンライト・セレナーデ」)や、ベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞した「鑓の権三」などで多彩に活躍した。2003年公開の「スパイ・ゾルゲ」を最後に監督業を引退。その後は後進育成に努める一方、日本の芸能史に関する執筆活動を精力的に行い、「河原者ノススメ 死穢と修羅の記憶」で2010年に泉鏡花文学賞を受賞した。

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リレー形式の回顧上映プロジェクト

今回のプロジェクトは「映画監督 篠田正浩 レトロスペクティブ」(主催・表現社)と名付けられた。回顧上映は5月末、東京・渋谷のBunkamuraル・シネマ渋谷宮下でスタート(6月11日まで開催中)。今後も劇場を変えながら続いていく。上映作品は全32作品の中から、各劇場がそれぞれの視点でセレクトするユニークな形式だ。現段階までにル・シネマを含め六つの劇場が開催を決めている。

岩下志麻が語る篠田との出会いと感謝

最初のル・シネマが選んだのは、初期傑作から表現社設立後の代表作を含む6作品。岩下は5月30日、夫妻にとっての代表作の一つ「はなれ瞽女おりん」の上映後にトークゲストとして登壇し、同作や篠田について語った。同作で岩下は盲目の女旅芸人おりんという困難な役を見事に演じ、第1回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞など数々の賞に輝いた。しかし、同作に臨む前は「壁」にぶち当たっていたという。「女優は自信過剰でなければできない職業ですが、本当に自信をなくしている時期でした。そんな時、篠田は辞めるべきではない、女優をしている時が一番輝いているんだと励ましてくれました。いつも励ましてくれた」と振り返る。篠田は最晩年にも岩下を励まし続けたという。

夫妻の出会いは、岩下の公式デビュー作「乾いた湖」の面接だった。「あの作品で出会わなかったら、今の私は本当にありません」。その後、篠田監督作への起用が続くようになり、「ほかはメロドラマが多かったが、篠田の作品は自己主張を持った女性役が多く、出演の交渉が来るとうれしくて一生懸命やりました」と語る。

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2人は表現社を設立し、公私ともに歩んできた。共に撮った映画は22本。トークイベントでは、表現社設立50周年の節目に篠田が語った「僕は映画という魔物にとりつかれて岩下と2人でずっと魔物退治をしてきた気がする」という言葉や、「映画監督として一番ラッキーだったのは岩下志麻と出会ったことです」という言葉も紹介された。

篠田の死後、岩下が立ち直るきっかけ

篠田が世を去った後、岩下は「喪失感が大きくて、もう気力がなくなり、死ぬことばかり考えていました。そんな時、ある出版社の方から篠田と私の映画人生についての本を書いてほしいと依頼がありました。最初はとても無理だと思ったが、引き受けてみると、22本の作品を見直し、篠田の書いた本を読まなければならず、それによって篠田が生きているような気持ちになり、少しずつ元気を取り戻し、前向きになれました」と語った。

トークの締めくくりに岩下は「篠田はたぐいまれなる才能の持ち主で、優しく思いやりがある素晴らしい人です。そんな人と58年間も一緒に暮らせて本当に幸せでした」と感謝の言葉を述べた。

プロジェクトの展望と各劇場の取り組み

プロジェクト担当者によると、一つの場所で全32作品を長期上映する難しさから、複数の劇場でリレー形式を採用。各劇場が独自の視点で作品を選び、岩下のトークなど観客の理解を深める機会も設ける。若い世代に篠田作品を知ってもらうきっかけにしたいとしている。

現在までに参加を決めた劇場は以下の通り。

  • Bunkamuraル・シネマ渋谷宮下(東京・渋谷):6月11日まで。6作品を上映。「乾いた湖」「暗殺」「あかね雲」など三つの「最初」の作品を含む。
  • シアター・イメージフォーラム(東京・渋谷):8月開催。「夕陽に赤い俺の顔」を上映。寺山修司脚本に着目。
  • 新文芸坐(東京・池袋):9月開催。後期作品を中心に、市井の人々の営みや史実に基づくエンターテインメント大作を上映。
  • シネ・ヌーヴォ(大阪):9月開催。2019年の米寿記念上映に続く特集。
  • ユーロスペース(東京・渋谷):11月開催。日本文化論や日本史観に焦点を当て、武満徹没後30年にも注目。
  • ロイヤル劇場(岐阜):秋開催。出身地ならではのイベントを企画。

上映素材の多くは35ミリフィルムで、フィルムならではの味わいを楽しめる機会でもある。しかし、デジタル化が進む中、今後の上映にはDCP化が必要であり、費用面での課題もある。担当者は「まずは国内で多くの人に見てもらい、2031年の生誕100年に向けてデジタル素材の整備を進めたい」と語る。

関連書籍「世界の映画作家 篠田正浩」(キネマ旬報社)も今月刊行。岩下志麻のインタビューや篠田自身の言葉、全作品解説に加え、郷ひろみ、長塚京三のインタビューも収録されている。