京都のニュースとして、伏見工業高校ラグビー部における恩師・山口良治さんと教え子で元日本代表監督の平尾誠二さんの、今も語り継がれる師弟の絆を紹介する。山口さんは「伏見工は時々、神がかりのような試合をする。そういうときのチームの特徴はラグビーにピュアであること。山口先生が極めてピュアな人だったから、とんでもない力につながった」と平尾さんが語っていたという。
出会いから始まった運命
生前の2人を記者が取材した際の音源が今も残っている。2人の出会いは京都市出身の平尾さんが中学生の頃。山口さんが平尾さんの試合を会場で見ていた。「普段は中学生の試合は見ないけど、私が『パス』と思ったとき、そのとおりに平尾がパスを出していた。この子とラグビーができたら面白いだろうなと思った」と山口さんは振り返る。
山口さんは平尾さんの自宅を訪ね、中学生を相手に日本代表での経験や日本ラグビーのあるべき姿、夢を語った。「平尾はバンビみたいな目をして聞いてくれた」。しかし、当時の京都には伏見工業高より強い学校があった。「半分あきらめていた。だから平尾が伏見工を受験すると聞いてうれしかった」。2人の歩みがここから始まった。
全国優勝と変わらぬ絆
伏見工業高が試合終了間際の劇的なトライで大阪工大高を破り、全国高校大会初優勝を飾った1981年1月の決勝。山口さんは主将の平尾さんの脚をマッサージして試合に送り出したという。「脚をけがしていたから『立っているだけでええ』と言ったものの、少しでもプレーさせてやりたかった」と述懐する。
他校との統合で京都工学院高となる伏見工業高について、平尾さんは「山口先生に出会い、先生に教えてもらいたくて伏見工でラグビーをしようと思った。期待に応えたいという使命感があった」と振り返った。2016年に53歳で亡くなった教え子の訃報に接した山口さんは「信は力なりだけど、15歳の少年を信じられたのはよかった」と話した。変わらぬ師弟の絆が確かにあった。



