若手詩人として注目を集める水沢なおさん(30)が、今春刊行した小説「こんこん」で、推しの着ぐるみとその“中の人”への複雑で繊細な愛を描いています。読売中高生新聞編集室の鈴木経史が取材しました。
「推し」と「中の人」、複雑な愛の物語
水沢さんは、誰かと1対1の特別な関係を築くことに苦手意識や怖さを感じ、安心して人を愛する方法を模索していたといいます。そんな中、友人の話やSNSの投稿から、テーマパークの着ぐるみの“中の人”を見分けられる人が存在することを知り、衝撃を受けました。「動きやしぐさだけで違いが分かることに驚き、その感覚が心に残っていた。着ぐるみというかわいい存在とだったら親密な関係が築けるのではないかと考えたのがきっかけです」と語ります。
主人公のまどの「このふわふわとやわらかく、分厚い膜がないと、ろくに人間と触れ合えない」という言葉が印象的です。水沢さんは「着ぐるみ越しの人間は、まどにとって思い通りの絶妙な存在だった。人間の汚いところが出ず、動きやしぐさで真心や親密さも与えてくれる、都合のいい理想の存在に見えていたのかもしれません」と解説します。
タイトル「こんこん」に込められた意味
タイトルの「こんこん」には複数の意味が込められています。水沢さんは「水のわき出る『こんこん』という言葉が好きで、そこから着ぐるみの話を書こうと考えたときに、きつねのキャラクターが浮かびました。意味が重なって、読む人によって解釈が異なる言葉は魅力的で面白い。同じ言葉なのに違う意味があることに運命や偶然を感じ、物語が広がっていく感じがします。一つの言葉からイメージをふくらませるのは詩人だからかもしれません」と語ります。
思春期の悩み、小説で打ち明ける
水沢さんは大学在学中に詩人としてデビューしましたが、中高生時代は小説を書いていました。高校の現代文の先生が「この世で一番美しいのは詩だよ」と言った言葉が衝撃的で、大学生になってから詩を書き始めたそうです。「思春期は体の変化にモヤモヤしながらも、自分の口で言うのが恥ずかしいという気持ちがありました。そんな時、悩みを小説として書いたら、初めて自分の思いを打ち明けられた感じがして救いになりました。直接的に描写しなくても、自分の言葉で悩みを表現でき、分かってくれる人がいることがうれしく、今も表現を続けています」と振り返ります。
中高生へのメッセージ
水沢さんは、アーティストや油絵画家になる夢を挫折した経験を語り、「最初に熱中したこと、努力したものを手放さなければいけない瞬間が来るかもしれません。でも、それが無駄になることはなく、世界のどこかには自分と相性がいい何かがあるはずです。私にはたまたまそれが詩や言葉でした」と中高生にエールを送ります。
作品紹介「こんこん」
静岡で暮らす会社員の青井まどは、神奈川にある和風テーマパーク「スプリングパーク」のキャラクター、きつねの「こんこん」が大好き。毎週のように車で2時間半かけてパークに通い、こんこんの着ぐるみに入っている“結晶”(中の人)を見分けられるほど。不器用で生身の人間をうまく愛せないまどは、着ぐるみをへだてた特定の“結晶”への感情を募らせていく。ゆがんでいながら、どこまでも純粋な愛の形を描いた物語です。(河出書房新社、2200円)
プロフィール
水沢なおさんは1995年、静岡県生まれ。武蔵野美術大学卒業。2016年に第54回現代詩手帖賞、20年に第1詩集「美しいからだよ」(思潮社)で第25回中原中也賞に輝きました。24年にはアメリカの経済誌「フォーブス」日本版が選ぶ「世界を変える30歳未満」にも選ばれています。



