関西発のニュースとして、桂離宮(京都市西京区)の美しい庭園を守る宮内庁京都事務所の技官、高見祥明さん(32)の活動を紹介する。桂離宮を訪れた者は、小石を敷き詰めた小道や飛び石、延段に導かれ、松、モミジ、ツツジなど多彩な植栽が織りなす庭園の妙味に包まれる。絶景を映す池の周りを巡ると、一歩進むたび、四季が移るたび、揺るぎなく調和した美しさに気づき、感嘆する。
名庭園を守る技官たち
桂離宮の名庭園は、宮内庁京都事務所の代々の技官によって守られてきた。高見祥明さん(32)は入庁15年目で、桂離宮では計6年以上の経験を積み、ベテランの域に達している。ひと手間で雰囲気ががらりと変わるため、「同じ仕上がりかどうか、よく冷や汗をかきます」と語る。京都事務所に所属する現場の技官は高見さんを含めて9人。高校や大学で農業土木、建築、環境などを学んだ専門職であり、桂離宮のほか、京都御所や修学院離宮でも徹底して修練を重ねている。
庭園の隅々を熟知
高見さんは約7ヘクタールある桂離宮の隅々に足を運び、無数にある老若の木々の枝ぶり、花や葉の色つや、足元のコケに至るまで、状態や由来を思い浮かべられる。「誰がいつ来ても、同じで変わらないように」と、緑深まる庭を見渡し、表情を引き締める。桂離宮の景観を代表するスギゴケの仲間は、湿気や日陰を好むため、特に再生が難しいという。
桂離宮の歴史と魅力
桂離宮は、江戸前期に八条宮(桂宮)家の智仁親王、智忠親王の親子が約50年かけて造営した。回遊式の庭園に、棟ごとに異なる意匠を施した御殿や茶屋があり、源氏物語の世界観を投影した唯一無二の景観を誇る。しかし、建物も庭も、どう築かれたのかは今も謎に満ちている。高見さんが最も好きな一角は、コケに覆われた往時をしのばせる場所だという。
高見さんの経歴
高見さんは熊本市出身。農業高校で農業土木を修め、国家公務員試験に合格。サラリーマン家庭で育ち、庭仕事になじみはなく、桂離宮も京都事務所もほぼ知らないまま声がかかり、採用された。「何かをしたいというより、就職先をどうにかしたかった」と振り返ってはにかむ。
技術の継承と挑戦
桂離宮には事務の仕事を経て、4年目に配属された。当初は分からないことばかりだったが、先輩と2人1組になり、御所や離宮を特徴づける「手摘み」を軸に、松やツツジの手入れ、垣根の修繕などを口伝と実技で教わった。作業を請け負う京の庭師も達人ぞろいで、確信をもって指示を出す重責が伴う。管理の台帳や記録はあるが、「写真や絵、文字からは伝わりにくい」と高見さん。覚える内容は膨大だが、「思い込みのないところから、一緒に作業して、自然と考え方が引き継がれていく」という。1年前から高見さんと組む宮渓竜成さん(31)は「効率的で安全な方法、新しい資材や仕様を試すなど、臨機応変に対応するのも面白い」とペアの強みを実感する。
変わりゆく植生
400年近い歴史の中で、庭の植物も自然の営みで盛衰がある。細心の手入れを施しても、名木が朽ちたり、花をめでた山がヒノキの木立になったりする。惜しみつつ伐採した木の株におのずと新芽が育つこともあれば、外来種の侵入をめざとく摘み取ることもある。竹を編み込む「桂垣」は、ハチクの思わぬ開花続きで存続が危ぶまれ、クロモジの枝を編んだ垣根は材料の確保が見通せない。高見さんは「当初から残るのは石だけかもしれない。変わらぬイメージを守るため、変わりつつ現状を維持している」と語り、柔軟さとバランスが問われる日々を送る。
温暖化への対応
近年、最大の悩みは急速な温暖化だ。地表の乾燥や日差しの影響も増し、桂離宮を象徴するコケは姿が損なわれつつある。同僚の今井昌彦さん(54)は、移植、土作り、遮光のための植栽、栽培実験など人知れず模索する。「意外な場所に定着することもあり、コケの繊細で不思議なところも桂離宮の魅力だったのかも」と思いを巡らせる。
天皇陛下のお言葉
思いがけない朗報もあった。昨年10月、天皇陛下が45年ぶりに訪れ、腐心してコケを根付かせた一帯に目をとめ、「素晴らしいですね」と技官らをねぎらわれたという。高見さんは「雨上がりの一番良い状態を見ていただけた」とかみしめる。
50年後、100年後、昔と変わらず美しかったと思われるよう、高見さんの挑戦は続く。



