太平洋戦争中フィリピン逃避行の日高軈子さん、戦争の愚かさを語る
太平洋戦争中のフィリピンで逃避行を経験した大分県中津市の日高軈子さん(91)が、中津商工会議所女性会の例会で講演を行い、戦争の愚かさや友好の大切さを強く訴えました。この講演会は2月10日、「戦争の悲惨さと平和の尊さを語り継ぐ」をテーマに同商議所で開催され、多くの参加者が日高さんの貴重な証言に耳を傾けました。
戦火を逃れ山中をさまよった過酷な体験
日高さんは家族と共にマニラに住んでいましたが、戦争が激化した1944年12月、戦火を避けて脱出を余儀なくされました。大勢の日本人と共に山中をさまよった逃避行の中で、両親と2人の弟を相次いで病気や事故で亡くし、帰国を果たすという過酷な経験をしました。日高さんは講演で、敵機の機銃掃射に遭った際には「生きた心地がしなかった」と振り返り、恐怖と絶望の瞬間を生々しく語りました。
常夏の地で遺体が白骨化する悲惨な光景
さらに、身の回りで大勢の人々が亡くなる中、常夏のフィリピンでは遺体がすぐに腐敗し、白骨化していく光景を目撃したと述べました。このような悲惨な状況を目の当たりにした日高さんは、「戦争は人と人の殺し合いだけ。まず兄弟、身内から仲良くしてほしい。戦争ほどばからしいものはない」と強調し、平和の尊さを訴えかけました。
女性会会長も尊敬と感謝の思い
中津商工会議所女性会の三好光枝会長(78)は、日高さんの講演について「言葉にするのも難しい、悲しい経験を語り継ぐ行動力は、並大抵ではない。尊敬と感謝の思いでいっぱいです」と述べ、その勇気と貢献に敬意を表しました。この講演は、戦争の記憶を風化させず、次世代に伝える重要な機会となりました。
日高さんの証言は、戦争の愚かさを改めて認識させると共に、平和な社会を築くことの重要性を強く示唆しています。今後もこうした体験談が語り継がれ、戦争の悲惨さが広く共有されることが期待されます。



