凍結された戦争体験証言ビデオ198本、墨田区で常時公開へ
10万人以上が犠牲となった東京大空襲をはじめとする太平洋戦争中の惨禍を後世に伝えようと、東京都が1990年代に収録しながら長年非公開としてきた戦争体験者の証言映像が、リニューアルオープンする江戸東京博物館(墨田区)で常時公開されることになった。収録された330人のうち198人分の証言が、約30年の時を経てようやく活用される運びとなった。残りの証言の扱いについては、今後の課題として残されている。
約1億円を投じた委託制作も計画凍結で倉庫に
証言映像は、都が1990年代に整備を計画していた仮称・都平和祈念館で公開するため、1995年から1999年ごろにかけてビデオに収録されたものだ。空襲体験者で作家の故早乙女勝元氏らの提案を受け、東京都が約1億円の経費を充てて委託制作した。
しかし、祈念館の展示内容を巡り、日本の加害行為を含めるかどうかなど都議会で意見が対立。祈念館の計画は1999年に凍結され、証言ビデオも毎年春に開催される東京空襲資料展で紹介される同じ9人分を除き、都の倉庫に保管されたままとなっていた。
証言者の高齢化や国際情勢が公開の追い風に
東京新聞が貴重な証言が活用されない問題を連載などで追及する中、証言者の高齢化が進み、さらにロシアによるウクライナ侵攻などの国際情勢も影響し、公開を求める声が都議会で高まった。これを受けて都は公開を目指す方針に転換し、2022年12月から、予定していた平和祈念館ではない施設での公開について、本人や親族に意向の確認を改めて行った。
2024年春からは空襲資料展の期間限定で、百数十人分の証言を初公開。江戸東京博物館では、これまでに同意が得られた198人分の証言を、いつでも閲覧できるようにした。一方、都によると昨年10月末時点で15人から公開を断られ、63人とは連絡が全く取れていない状況だ。
体験者の生々しい証言、専用席で閲覧可能に
「一緒に避難した兄が(空襲で起きた火災の)熱風で吹き飛ばされたんです」といった体験者の生々しい証言は、1人約10分に編集され、無料で入場できる7階の図書室で視聴できる。専用の2席が設けられ、内容や被災した場所に応じて見たい証言を探すことができる。
博物館の新装に合わせ、都は空襲関連の展示も強化。有料の常設展示内にある「空襲と都民」コーナーでは、当時の状況を実感してもらおうと、長さ約1メートルの爆弾の破片など、所有する5040点の実物資料を順次展示する予定だ。
ウェブ公開への要望強く、今後の検討課題に
「大変、結構なことです」。東京大空襲で家族5人を亡くし、約30年前に都の求めに応じて体験を語った葛飾区の船渡和代さん(93)は、ようやく実現した常時公開を喜んでいる。ただ、「最近、自宅で骨折した」という負傷の身で、博物館に赴いて自身の映像を確認することはできない。
船渡さんは、都による意向調査で「都ホームページやYouTube等を含むインターネットでの公開を希望するか」との質問に「希望する」と回答。ウェブで公開されれば自宅でも視聴できたが、今回は実現しなかった。「全体的に遅れていますね」と複雑な表情を浮かべる。
都によると、公開を希望した証言者のうち、YouTube等による公開を望んだ人は73人。特に公開する上で条件を設けなかった人も94人に上った。都の担当者はウェブによる発信を「今後の検討課題」としている。
戦争継承の拠点、民間頼みの現状に課題
太平洋戦争中、東京都内の空襲で亡くなった人は約11万5000人と推定される。原爆が投下された広島(推計14万人)や長崎(同7万人)に匹敵する犠牲者数ながら、両県と異なり、惨事を専門に伝える公立施設が都内には存在しない。
今回リニューアルした江戸東京博物館も、常設展示の5階に「空襲と都民」コーナーを設けるが、江戸から東京までの歴史を紹介する中に組み込まれた形だ。展示スペースは170平方メートルで新装前から増えておらず、首都で起きた惨事を伝える拠点としては物足りないとの指摘もある。
現在、東京の空襲を伝える主な拠点は2002年に設立された民設民営の「東京大空襲・戦災資料センター」(江東区)。展示面積は380平方メートルで、小さなイベントスペースも備えるが、財政面など運営は厳しい面もある。
同センターは、証言映像の公開の場にもなるはずだった仮称・都平和祈念館の整備凍結を受けて発足した。祈念館の凍結は現在も続いており、戦後80年が過ぎた今、継承の拠点が民間頼みのままで良いのかという疑問が残る。祈念館が実現すれば、証言映像も原則全て公開できる可能性がある。都有施設の活用も含め、都と都議会による活発な議論が求められている。



