歌舞伎舞踊において、三味線音楽は欠かすことのできない要素である。ストーリー性を重視した「語り物」には竹本、常磐津、清元があり、叙情を描く「唄物」には長唄が代表的だ。これら二種類を組み合わせた「掛け合い」の演奏も存在する。
名曲を踊る難しさ
「名曲ほど踊るのは難しい」と語るのは、舞踊の名手である坂東玉三郎だ。美しく完璧な曲は、踊り手が振りを合わせる隙間さえも与えないという。「つまり、曲として完結しているからです」と玉三郎は説明する。今月、玉三郎は名曲中の名曲として知られる長唄二曲、「秋の色種」と「時雨西行」を京都・南座で上演している。
長唄の歴史と特徴
江戸時代、劇場音楽として歌舞伎舞踊とともに発展してきた長唄は、幕末になると歌舞伎から独立し、鑑賞曲として座敷でも演奏されるようになった。今回の二曲も、もともとは鑑賞曲として作曲され、後に舞踊化された経緯を持つ。聴くための曲作りでは、旋律は自然と複雑で技巧的になり、演奏にも緩急の変化が生まれる。
「秋の色種」の魅力
「秋の色種」は、長唄中興の祖とされる十代目杵屋六左衛門が作曲した。今回は、玉三郎の弟子である坂東玉朗と坂東玉御が加わり、三人による「三人立ち」で披露される。唄がなく楽器演奏のみの部分を「合方」と呼ぶが、この曲には「虫の合方」や「琴の合方」といった奏者の超絶技巧が盛り込まれている。特に琴の演奏では、玉御が奮闘した。
玉三郎の振り付けは、まるで言葉を持つかのように秋の情景を繊細に描き出し、音楽と一体化する。三日月が陰り、やがて星が瞬く夜に、草花が咲き乱れ、松虫が鳴く。風景に溶け込むように、憂いに満ちた女性の恋心が視覚化される。
「時雨西行」の世界
一方、「時雨西行」は、能「江口」を下敷きにした作品で、最大流派「杵勝会」の創始者・二代目杵屋勝三郎の手による。歌舞伎舞踊として上演される機会はまれで、玉三郎が踊るのは29年ぶりとなる。西行(花柳寿輔)は時雨に降られ、遊女・江口の君(玉三郎)に一夜の宿を求める。身の上話に耳を傾けるうち、遊女は普賢菩薩に姿を変え、西行は現世の無常を悟る。謡がかりの演奏と相まって、洗練を極めた詩劇のような印象を与える。
舞踊成立の極意
振りに合わせて伸縮できない曲を舞踊として成立させる極意について、玉三郎は「曲を崩さないで踊ること」と語る。「なぜ名曲は舞踊にならないのか」という自問と実験を重ねた末の答えだ。玉三郎は「開演から終演まで幻想的で非現実的な時間をつくること」を目指してきた。美しい旋律の一音一音に心を研ぎ澄まし、そぎ落とした動きが寄り添う。名曲と踊り手の幸福な出会いが、奇跡のように完璧な舞台を生み出している。
公演情報
南座特別公演は6月17日まで。坂東玉三郎による「口上」「秋の色種」「時雨西行」が上演され、共演は花柳寿輔、坂東玉朗、坂東玉御ら。19~21日には、玉三郎と片岡仁左衛門による対談と舞台映像の上映会「お話とシネマのひととき」が開催される。24、25日は玉三郎と木村竜蔵・徹二によるコンサートも予定されている。問い合わせは電話0570-000-489まで。



