イラン出身男性が高松でペルシャ絨毯展 戦火の祖国に平和を願い、文化理解訴える
イラン出身男性が高松でペルシャ絨毯展 祖国の平和願う

イラン出身男性が高松でペルシャ絨毯展 祖国の平和を願い文化理解を訴える

イラン出身で高松市と神戸市を拠点に貿易会社を経営するマスウド・ソバハニさん(70)が14日、母国の伝統工芸品「ペルシャ絨毯」を紹介する展示会を高松市美術館で始めました。13歳で祖国を離れて渡米し、米国籍を取得したソバハニさんは、40年前から高松市で暮らしています。「文化を知ることで相互理解が深まる」と訴え、米国とイスラエルによる軍事攻撃が続く母国に平和が戻ることを強く願っています。

絵画のような繊細な作品が並ぶ展示会

「アートラグコレクション展」と題された今回の展示会では、「ギャッベ」と呼ばれる作品を含む計39点のペルシャ絨毯が展示されています。特に縦4メートル、横3メートルの大作は、高級品に使われるヒツジの首の毛と絹を使って織られており、ソバハニさんは「一般的なペルシャ絨毯と違って、肌触りが格段にいい」とその特徴を説明します。

絵画のように額装された作品も展示されており、中には自宅から望む瀬戸内海の夕景をモチーフにした作品もあります。あかね色に染まる空と海を繊細に表現したその作品は、写真のような出来栄えで、「ペルシャ絨毯の技法だからこそ、このグラデーションを出せる」とソバハニさんは語ります。

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国際的な人生と高松への移住

ソバハニさんはイラン・テヘランで生まれ、13歳の時に古美術商の父親が働いていた米ニューヨークに渡り、後に米国籍を取得しました。ラスベガスで不動産会社を経営し、ボランティアを務めたハワイでの行事で、イラン出身の妻・ナヒードさん(67)と出会いました。

ナヒードさんは日本の大学に留学し、卒業後も日本に残って造船会社に就職。当時は奈良県に住んでいました。結婚にあたり、ソバハニさんが「海の見える場所で暮らしたい」と希望したことから、1986年に夫婦で高松市に移り住みました。

戦火の祖国への思いと平和への願い

軍事攻撃が始まってから、母国に住む親戚と連絡を取るのが困難になったというソバハニさん夫妻。ようやく通じた電話で「私たちは大丈夫だから」という声を聞き、ほっとしたとナヒードさんは振り返ります。

ナヒードさんは「花園も、色の異なる花が集まれば美しい。人間も同じです。言葉や文化が違っても、偏見を持たずに互いを理解すれば美しい世界を作れる」と力を込めて語ります。

ソバハニさんは幼い頃、いじめに遭った時、母親から「相手を憎まず、愛しなさい」と諭された経験を語り、その言葉を胸に刻んで生きてきたといいます。軍事攻撃に対しても「愛が大切」と繰り返し訴えています。

日本とイランの歴史的な結びつき

ペルシャ絨毯はシルクロードを通じて日本にも運ばれ、豊臣秀吉が珍重するなど、イランと日本は古くから結びつきがあるとソバハニさんは指摘します。「日本は戦争を体験し、戦後復興を成し遂げました。日米関係もあり、イランの平和に尽力してほしい」と期待を寄せています。

ナヒードさんも「デザインが繊細だと、ペルシャ絨毯は1日に3ミリ程度しか織ることができません。イランにはそれだけ辛抱強い人が多いのです。平和が戻る日を粘り強く待ち続けます」と語り、祖国への思いをにじませました。

展示会は22日まで開催されており、入場は無料です。16日は休館日となっています。伝統工芸品を通じて、戦火の祖国への思いと平和への願いが込められた展示会は、多くの来場者の関心を集めています。

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