感謝の気持ちを手紙に託して
私はある人を知っているけれど、その人は私のことを知らない。そんな相手に、私は手紙を送ることにした。赤いハートマークがふたつ、ポップアップするような感謝の手紙だ。
きっかけは一冊の絵本だった。「あんまりすてきだったから」というタイトルのその絵本があまりにも素敵だったので、私は思わず購入した。絵本には便箋が一枚付属しており、あとがきにはこう書かれていた。「素敵だと思ったらお手紙を書こう」。その言葉に背中を押され、私は感謝の手紙を出すことを決意した。
真っ先に思い浮かんだ人物
真っ先に頭に浮かんだのは、20年以上にわたり私の自宅マンションの掃除をしてくださっている男性だった。長い年月が経ち、彼も年齢を重ね、腰が曲がってきた。仕事の合間には何度も立ち止まっては、背中をぐっと伸ばす姿が印象的だ。掃除機をかける背中は、年々骨張って見える。
彼は通路に溶け落ちたアイスクリームを雑巾で丁寧に拭き取り、巨大なゴミコンテナを洗い、春には花に水をやり、秋には落ち葉を集める。誰よりも丁寧な仕事ぶりと、朴訥としたその姿に、私はいつも心を打たれる。雨の日も、雪の日も、猛暑の夏も、彼のひたむきさは変わらない。そして、私は自問するのだ。「私は実直に生きているだろうか」と。
手紙を渡して
会社を通じて手紙を渡した数日後、彼が私を訪ねてきた。「お手紙をありがとうございます」と、彼は深々と頭を下げた。私は「いいえ、お礼を言いたいのはこちらです」と答えた。素敵なことに「素敵」と伝えられた自分がうれしく、そして思いがけない返事をもらえたことが何よりもうれしかった。私の心には、赤いハートマークがふたつ、ポップアップしたのだった。
(山畑由美・58歳、神戸市東灘区)



