ホラー小説界の旗手、澤村伊智さん(46)がデビュー10周年を記念した新作『ざんどぅまの影』(KADOKAWA)を刊行した。自身のルーツである沖縄人コミュニティーを題材に、「楽しく読んでほしいが、単なるエンターテインメントとして読まれたくない」という思いを込めた。
比嘉姉妹シリーズ第5弾、祖母の過去に迫る
デビュー作『ぼぎわんが、来る』から続く霊媒師・比嘉姉妹シリーズの長編第5作は、その祖母である勝子に焦点を当てる。1981年、沖縄からの移住者が多く住む神奈川県の街に流れ着いた青年・篤は、ずぶ濡れのお化けを目撃し不快感に襲われる。やがて陸でおぼれ死ぬ怪異が相次ぎ、自警団が結成され、篤もその一員に加わる。
ルーツと差別問題への向き合い
澤村さんの父方の祖父母は戦前に沖縄から大阪府に移り住み、「生きづらかったようで、名字を変えている」という。今回、沖縄移住者の街を舞台にしたのは、そのルーツが近くにある異文化への差別問題と向き合わせたからだ。「沖縄の神秘性に寄りかかって、比嘉姉妹をユタ(沖縄の霊媒師)にルーツを持つ強い霊能者としてきたことも、掘り下げると差別につながるのでは。そんな一種の自己批評もあった」と語る。
怪異と差別意識の怪物性
ずぶ濡れのお化けは沖縄由来の来訪神「ざんどぅま」ではないかと疑われ、街では沖縄出身者への偏見や排斥が強まる。怪異の描写で怖がらせると同時に、人々の心に内在し、時に暴走する差別意識の怪物性にも気づかせてくれる。舞台は45年前だが、最近の外国人労働者との共存問題などを考える上でも示唆に富む。「愚直に書いたらこうなっちゃう。現実と無関係のホラーにはしたくない」と澤村さんは強調する。
澤村伊智の歩みと影響
大阪府生まれの澤村さんは、小学3年生のときに兵庫県に転居し、学級文庫で出合った本をきっかけにホラー小説や映画に魅了された。2015年10月のデビュー作は絶賛され、この10年余の活躍で、それまで一時停滞していた日本のホラー小説を再び活況に導いてきた。「僕の小説をきっかけにホラーを読み始めたという話を聞くと、書いてきて良かったと思う」と喜びを語る。
怪談の名手・岡本綺堂やホラーミステリーの三津田信三さんらを敬愛する。1990年代に『リング』などでホラーブームを先導し、5月8日に亡くなった鈴木光司さんについては、「『リング』がなかったら現在の日本のホラーシーンはなかった。『困難に立ち向かう人間』を描くという点で影響を受けたかもしれない」と述べている。
今後の展望と他の注目作
『ざんどぅまの影』の直後に、比嘉シリーズの文庫オリジナル短編集『ととはり屋敷』(角川ホラー文庫)も刊行した。「当面は怖いホラーや怪談を手放すつもりはない。でも逆に、怖がらせるつもりは一切ないのに怖いと言われる小説を書けたら、それも面白い」と抱負を語る。
ホラー系小説では他の作家の注目作も続々と刊行されている。黒木あるじ『おしら鬼秘譚』(KADOKAWA)は、東北に伝わる屋敷神・おしら様を掘り下げた作品。仙台の編集者・里帆は、偶然手に入れた一本角を持つおしら様の木像に中学生の娘をさらわれる。東北の風土に根付いた伝奇ミステリーで、捜索を手伝う学芸員を通して民俗学の魅力も伝わる。
櫛木理宇『鬼門の村』(東京創元社)は、山村に住み込み、ラジオ番組に投稿された怪談を整理するアルバイト大学生・清玄の視点で語られる。断片的な「実話怪談」が、因習的な村の呪われた歴史と結びつく展開に背筋が凍る。



