元近鉄監督の岡本伊三美さんが死去、95歳 南海黄金期を支えた名内野手
プロ野球南海(現ソフトバンク)の黄金期を支えた内野手で、近鉄の監督も務めた岡本伊三美(おかもと・いさみ)さんが、4月15日午前7時57分、肺炎のため大阪市内の病院で死去していたことが、4月20日に明らかになりました。95歳でした。京都市出身で、葬儀・告別式は近親者のみで執り行われ、喪主は長男の猛(たけし)さんが務めました。
京都・洛陽高からテスト生として南海入団、華々しいデビュー
岡本さんは、京都・洛陽高等学校からテスト生として南海に入団し、1950年にプロ野球選手としてデビューを果たしました。好打の二塁手として活躍し、「100万ドルの内野陣」と称されたチームの主力選手を担い、黄金期の南海を支える重要な存在となりました。
首位打者や最優秀選手に輝き、ベストナイン5度の栄誉
1953年には首位打者に輝き、パシフィック・リーグの最高殊勲選手(現在の最優秀選手)に選ばれるなど、卓越した成績を残しました。ベストナインには5度選出され、その実力は広く認められていました。岡本さんの活躍は、南海の黄金時代を象徴するものとして、多くのファンから愛され続けています。
引退後はコーチや監督として野球界に貢献
1963年に現役を引退した後は、南海や阪神などのコーチを歴任し、若手選手の育成に尽力しました。1984年から4年間は近鉄の監督を務め、チームの指揮を執りました。岡本さんは選手時代だけでなく、指導者としても野球界に大きな足跡を残しました。
岡本伊三美さんの死去は、プロ野球界に大きな喪失感をもたらしています。その功績は、南海の黄金期を支えた名選手として、また近鉄の監督として、長く記憶されることでしょう。



