大相撲の元関脇で、元秀ノ山親方の長谷川勝敏(はせがわ・かつとし)さんが5月31日午前8時40分、膵臓がんのため自宅で死去した。81歳だった。北海道出身。葬儀・告別式は家族葬で執り行われた。
「史上最強の関脇」と称された名力士
長谷川さんは、佐渡ケ嶽部屋に入門し、15歳で1960年春場所に初土俵を踏んだ。1965年初場所で新入幕を果たし、1969年初場所で新関脇に昇進。均整の取れた体格を生かし、左四つからの攻めを得意とした。
1972年春場所では、見事に初優勝を飾った。柏戸と大鵬の「柏鵬時代」から、輪島と北の湖の「輪湖時代」にかけて長く第一線で活躍。三賞を8度、金星を9個獲得した。大関の座にはあと一歩届かなかったが、その実力から「史上最強の関脇」と称された。
現役引退後は指導者として
1976年夏場所限りで現役を引退した後は、秀ノ山親方として佐渡ケ嶽部屋で後進の指導にあたった。多くの弟子を育成し、角界に貢献した。
長谷川さんの訃報に、相撲関係者からは哀悼の声が相次いでいる。その功績をたたえ、多くのファンが別れを惜しんだ。



