阪神大震災から31年、鷲宮高の選手宣誓が今も伝える復興への思い
阪神大震災31年、鷲宮高の選手宣誓が伝える復興への思い (07.03.2026)

震災から2か月、甲子園で響いた感謝の宣誓

春の訪れを感じる季節になると、埼玉県立上尾高校野球部監督の高野和樹さん(58)の胸には、特別な感情が込み上げてくる。1995年3月、阪神大震災からわずか2か月後に開催された第67回選抜高校野球大会でのあの瞬間を、今でも鮮明に思い出すからだ。

被災地での大会開催に複雑な思い

当時、埼玉県立鷲宮高校の顧問を務めていた高野さんは、初出場を果たした選抜大会への参加に、内心複雑な思いを抱いていた。「被災地で野球をやっていいのか」という周囲の声も少なくなかった。西宮市の甲子園球場へ向かう道中、ブルーシートが掛かった家々や地震の生々しい爪痕を目の当たりにし、大会開催そのものへの疑問さえ感じていたという。

そんな中、自校の主将が開会式の選手宣誓を務めることが決定。高野さんは国語教師と主将の3人で、言葉の一つひとつに思いを込めて宣誓文を練り上げた。

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感謝と誓いに込められた深い思い

1995年3月25日、雨の降る甲子園球場。鷲宮高校の主将は、数百回と練習を重ねた宣誓を堂々と読み上げた。

  • 「今、あこがれの甲子園に立っています」
  • 「この大会が地元の皆さんのあたたかい理解と多くの方々の努力によって開催されることに感謝の気持ちでいっぱいです」
  • 「私たち選手一同は全力でプレーし、夢と希望と感動を与え、復興の勇気づけとなるような試合をすることを誓います」

被災者への配慮を忘れず、夢の舞台に立つ喜びと感謝、そして復興への誓いをバランスよく表現したこの宣誓は、会場から温かい拍手に包まれた。「とんでもない重圧だっただろう」と、高野さんは当時を振り返り、今でも胸が熱くなる。

31年経っても消えない感動の輪

鷲宮高校は初戦で1点差の惜敗を喫したものの、最終回に同点の好機を作るなど粘り強いプレーを見せた。大会後、学校には予想外の反響が寄せられた。

  1. 「素晴らしい宣誓に勇気をもらった」という手紙
  2. 「ひたむきなプレーに感動した」という電話
  3. 被災者からの感謝の声も多数届いた

高野さんは「野球ができることへの感謝を忘れてはならない」という教訓を、この経験から得たという。

今に続く教えと石碑に刻まれた言葉

現在、母校の上尾高校で監督を務める高野さんは、昨秋の県大会で4強入りを果たし、今春の選抜大会に向けて「21世紀枠」の候補校にも選ばれた。聖地・甲子園への再出場は叶わなかったが、教え子たちには常に「野球ができる感謝の気持ち」を説き続けている。

鷲宮高校のグラウンド脇には、あの選手宣誓の全文が刻まれた石碑が今も静かに立っている。31年の時を経て、高野さんは時に甲子園から持ち帰った一握りの土を見つめながら、あの宣誓をそらんじる。「全力疾走を貫くことで、誰かの勇気や希望になれば」――春の訪れとともに、その思いを新たにする日々が続いている。

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