大関陥落後も「関取」と呼ばれ続けた霧島 プライド捨て再昇進へ
霧島、大関陥落後も「関取」と呼ばれ再昇進へ

大関陥落を乗り越え、霧島が再昇進を決める

大相撲春場所において、関脇霧島(29歳、本名ビャンブチュルン・ハグワスレン、モンゴル出身、音羽山部屋)が見事に優勝を果たし、大関への再昇進を確実なものとした。かつて大関の座から陥落した経験を持つ霧島は、プライドを捨てて土俵に立ち返り、見事な返り咲きを遂げたのである。

周囲から「関取」と呼ばれ続けた日々

大相撲の世界では、十両以上の力士は一般的に「関取」と呼ばれるが、横綱と大関は特別にそれぞれの称号で呼ばれるのが通例だ。しかし、霧島が大関から転落した後も、周囲の人々は彼を「大関」と呼び続けていた。この状況に違和感を覚えていたのが、音羽山部屋の世話人であり元幕下力士の勇輝さん(36歳)である。

勇輝さんは現役時代、年上ながら霧島の付け人を務めたこともあり、彼の成長を間近で見守ってきた。霧島が大関の地位を失った後も、現場では彼を「関取」と呼ぶ声が絶えず、勇輝さんはその呼び方に複雑な思いを抱いていたという。

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再昇進への道のり

霧島が初めて大関に昇進したのは2023年7月の名古屋場所であった。しかし、在位わずか6場所で陥落し、その後は首のけがにも悩まされ、成績が安定しない時期が続いた。昨年9月の秋場所では振るわず、前頭2枚目まで番付を落とす苦しい状況に追い込まれた。

それでも霧島は諦めず、医師のすすめを断って現役続行を選択。31歳という年齢を感じさせない粘り強い取り口で、徐々に調子を上げていった。春場所ではその努力が実り、優勝という栄冠を手にしたのである。

プライドを捨てたからこそ掴んだ勝利

大関陥落という挫折を経験した霧島は、以前とは違ったアプローチで相撲に臨んだ。かつての栄光に縛られることなく、一からやり直す覚悟で土俵に立ったのである。その姿勢は、周囲から「関取」と呼ばれ続ける中でも、自分自身を見失わない強さを育んでいた。

勇輝さんは、霧島のそんな姿を見て、かつての付け人としての思い出と重ねながら、彼の成長を喜んでいる。大関再昇進という目標を達成した霧島だが、その道のりは決して平坦なものではなかった。けがとの戦い、成績の低迷、そしてプライドとの葛藤――それらすべてを乗り越えたからこそ、今回の勝利は輝きを増している。

2026年3月23日、春場所千秋楽から一夜明けた会見で、霧島は穏やかな表情を見せた。再び大関の座を射止めた力士の目には、これまでの苦労とこれからの決意が静かに宿っていた。相撲界に新たな歴史を刻んだ霧島の今後にも、多くの期待が寄せられている。

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