鈴木猛史選手が銅メダル獲得、ミラノ・コルティナ冬季パラリンピック閉幕
鈴木猛史選手が銅メダル、冬季パラリンピック閉幕

ミラノ・コルティナ冬季パラリンピックが閉幕、鈴木猛史選手が銅メダルで輝く

ミラノ・コルティナ冬季パラリンピックが幕を閉じました。県勢では、アルペンスキー男子座位に鈴木猛史選手(カヤバ、猪苗代高卒)が出場し、回転種目で見事な銅メダルを獲得しました。過去2大会でメダルから遠ざかっていた鈴木選手は、表彰台への復帰を果たし、「もう表彰台に立てないという思いもあった。やっていてよかった」と感慨深げに語りました。37歳という年齢で再び世界に名を轟かせた快挙は、心から祝福されるべきものです。

6大会連続出場の軌跡と丁寧な滑り

鈴木選手は今大会、5種目に出場しました。難易度の高いコースで多くの選手が苦戦する中、彼は丁寧な滑りを貫き、滑降で6位、スーパー大回転で7位、複合で6位と3種目で入賞を果たしました。直前の大回転では4位に入り、調子を上げてきたところで、最終種目の回転では積極果敢な攻めの滑走で銅メダルに輝きました。

小学2年生の時に交通事故で両脚を切断した鈴木選手は、その後始めた競技で頭角を現し、2006年トリノ大会で初めてパラリンピックに出場しました。2010年バンクーバー大会の大回転で銅メダル、2014年ソチ大会では回転で金メダル、滑降で銅メダルを獲得するなど、輝かしい実績を積み重ねてきました。今回で6回連続の出場を達成した背景には、飽くなき熱意とたゆまぬ努力があり、県民に勇気と感動を与え続けてきた長年の歩みには深い敬意が表されます。

Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ

地元企業の技術支援がメダルを支える

鈴木選手の滑走用具である「チェアスキー」は、石川町の「エヌ・ティー・エス」社が製造しました。同社は高い技術力を有し、航空宇宙や競技用二輪車などの分野で実績があります。バイクレーサーとしての経験を持つ生田目將弘社長が、空気抵抗やバランスの調整を重ね、約2年をかけて開発した器具は、鈴木選手が「自分の思うように速く滑れる」と高く評価しています。

世界が注目するパラリンピックで、銅メダリストの滑りを本県のものづくり会社が支えたことは大きな誇りです。県内には「エヌ・ティー・エス」社のほかにも、独自の技術を持った企業が多く存在します。今回の事例が、パラアスリートだけでなく、多くのスポーツ選手の器具開発に本県企業が関わるきっかけとなることが期待されます。

日本のメダル総数と今後の展望

日本のメダル総数は、アルペンスキー女子座位の村岡桃佳選手(トヨタ自動車)の銀メダル2個、スノーボード男子大腿障害の小栗大地選手(SCSK)の銀メダル1個、鈴木選手の銅メダル1個の計4個でした。金メダルがゼロとなったのは、2002年ソルトレーク大会以来のことです。

雪と氷の障害者スポーツの祭典に集い、躍動した選手たちの姿は忘れがたいものです。今大会を契機に、より多くの人が障害者スポーツに関心を持ち、誰もがそれぞれの可能性を引き出せる社会づくりを進めていくことが求められています。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ