村岡桃佳選手、パラリンピックで銀メダルを獲得 大けが乗り越え「怖かった」と本音
【コルティナダンペッツォ(イタリア)=江原桂都】ミラノ・コルティナ冬季パラリンピックの第4日となる3月9日、アルペンスキー女子スーパー大回転(座位)で、村岡桃佳選手(29)が見事な銀メダルを獲得しました。これは日本勢にとって今大会初の表彰台であり、村岡選手の獲得メダルは通算10個となり、冬季大会では同じアルペンスキーの大日方邦子氏と並んで日本人最多タイの記録となりました。
けがからの復帰、慎重な滑走で銀メダル
村岡選手にとって、このレースは昨年の大けがから復帰して初めての挑戦でした。序盤からスピードを抑え、慎重にライン取りをしながら、一つ一つのターンを確実にこなしていきました。暫定2位でゴールし、後続選手に抜かれることなく順位が確定すると、安堵の表情を浮かべました。
「見るだけで気持ち悪くなるくらい怖い」と村岡選手が語る会場の「トファーネ・アルペンスキーセンター」は、因縁の場所です。昨年4月、同会場での練習中に転倒し、右肘を脱臼して靱帯を痛め、3か月の入院を余儀なくされました。さらに復帰後の11月には別の会場で転倒し、左鎖骨を骨折。救急搬送され、初めて手術を受けることになりました。
絶対エースのピンチと意地
村岡選手は4歳で横断性脊髄炎を患い下半身まひとなり、中学2年で本格的に競技を始めました。2014年のソチ大会でパラリンピック初出場を果たし、2018年平昌大会、2022年北京大会で表彰台を席巻してきた日本の「絶対エース」です。しかし、昨年のけがは最大のピンチとなりました。
「誰とも話したくない。もうスキーのことも考えたくない」と気持ちが滅入った時期もありました。左腕が使えなくなったことで車いすを動かすことも難しく、年越しも病院のベッドで迎えました。それでも、踏ん張れたのはエースとしての意地でした。「レースに臨む姿を見せることが、支えてくれた人たちへの恩返しになる」と考え、治療やリハビリに専念しました。
大会直前の復帰と恐怖との戦い
復帰したのは大会直前の2月半ばでした。痛みは残り、折れた鎖骨は完全に接合されていない状態でした。医師からは「転ばないように」とくぎを刺され、大会前には「メダルを取るのが使命」と周囲に語っていました。
レース後、村岡選手は「怖かった」と素直に明かし、「力を出し切れたレースではないので悔しさは残るが、メダルを取れたという安心感はある」と語り、ようやく笑顔を見せました。この銀メダルは、恐怖と向き合いながらも不屈の精神で挑戦し続けた村岡選手の努力の結晶と言えるでしょう。



