戦場で失った下半身、スポーツで新たな光を見出すウクライナ元兵士
ミラノ・コルティナ冬季パラリンピックの舞台裏で、ウクライナ代表チームを支える一人の男性がいる。アナトリー・ジュミク(22)は、ロシアによる侵略に立ち向かい、下半身不随となった元兵士だ。今大会では選手としての出場は叶わなかったものの、「自分の戦場は今ここにある」と、裏方として仲間の奮闘を支えている。
侵略開始で志願兵に、砲撃で壮絶な負傷
2022年2月、侵略が始まると、西部リビウ州に住む父や兄、伯父は前線へ向かった。当時18歳だったジュミクも、「男なら戦うべきだ」と反対を押し切って志願兵となった。しかし、2023年6月、東部ルハンスク州での砲撃で負傷。下半身が動かなくなり、無人機が投下した手りゅう弾が奇跡的に回避されたものの、脊髄を損傷し、医師から回復の見込みがないと告げられた。
「死より恐ろしかった」とジュミクは振り返る。排せつすら一人でできない体になった絶望の中、さらなる不幸が襲った。父が戦死し、伯父は顔の半分を吹き飛ばす大けが、兄の一人は心的外傷後ストレス障害(PTSD)で精神を病んだのである。
リハビリ施設でパラスポーツと出会い、現実を受け入れる
絶望の底で、リハビリのため滞在したスポーツ合宿施設で、パラ・バイアスロンとクロスカントリースキーの代表チームと出会った。指導者から「やってみないか」と誘われたが、ジュミクは「自分は歩けるようになる」と断り続けた。しかし、2023年12月、施設を去ろうとする彼に、指導者らは「ここに残って練習しよう」と声をかけた。
その晩、ジュミクは部屋で一人、脚に最後の望みをかけて立とうとしたが、全く反応しない。脚を殴り、大声をあげて一晩中泣いた後、翌朝、チームの元へ行き「競技を始めたい」と告げた。負傷から半年、ついに現実を受け入れた瞬間だった。
パラリンピックを目指すも、出場権は侵略国に奪われる
「やるからには頂上を目指す」と、ジュミクはパラリンピックを目標に、戦場で燃やした闘志をトレーニングに向けた。上半身の筋力を徹底的に鍛え、射撃の感覚を磨き、半年後には代表チーム入りを果たした。熱中するうちに「深い闇から抜け、生き直す力が湧いていた」という。
しかし、パラリンピック出場の内定を得た後、ロシア選手の出場決定に伴い、その権利は取り消された。「侵略国に出場枠まで奪われた」と憤るジュミクは、自暴自棄に陥った時期もあったが、「母国が苦しい戦争を耐えているのに、自分が崩れてはならない」と決意。スタッフとして仲間の勝利を支える道を選んだ。
「4年後には必ず金メダルを」、チームを支える誓い
ウクライナ代表は、12日時点で金3個を含むメダル10個を獲得する活躍を見せている。ジュミクは試合前、選手のスキー板の状態を確認し、抱擁を交わして送り出すなど、裏方として尽力。「出場できないのは悔しい。でも、もう終わったと思っていた人生、ここまで来られただけでも大きな前進だ」と語る。
そして、「ここで感じた怒りも興奮も喜びも、力に変える。そして4年後には必ず金メダルをとる」と力強く誓っている。戦争の傷を負いながらも、スポーツに新たな光を見出し、仲間と共に前進するジュミクの姿は、多くの人々に希望を与えている。



