ミラノ・コルティナパラリンピック 新田佳浩、8度目の挑戦でピラティスで鍛えた体でメダルを追う
ミラノ・コルティナ冬季パラリンピックにおいて、「雪上のマラソン」と称される距離スキー競技で、新田佳浩選手(45歳)が冬季パラリンピックにおける日本選手最多となる8度目の出場を果たしました。体力の衰えと向き合いながらもがく背中を見せることで、若手選手たちに何かを感じ取ってもらいたいという思いを胸に、10日からレースに臨んでいます。
祖父への誓いから始まった競技人生
新田選手は3歳の時に、祖父が運転するコンバインに左腕を挟まれ、肘から先を失うという事故に遭いました。小学3年生で距離スキーを始め、「事故を悔やみ続けるおじいちゃんのために金メダルを取る」と奮起。1998年の長野パラリンピックに初出場し、4大会目のバンクーバー大会でその誓いを果たしました。
これまでに獲得したメダルは金3個、銀1個、銅1個の合計5個に上ります。2022年の北京大会を最後に第一線から退くつもりでしたが、表彰台に届かず、けがもあって不完全燃焼の思いが残りました。
後輩からの言葉で現役続行を決意
帰国直後、後輩たちと食事をしていた際、北京大会で金メダルを獲得した川除大輝選手(25歳)から「新田さん、やめないでくださいよ」と言われたことが転機となりました。エースのバトンを渡した相手からの言葉に、新田選手は「現役を続けながら次の世代に教えられることが、まだあるはずだ」と考え直しました。
ピラティスで鍛える不惑超えの体
新たな高みを目指し、新田選手は全身の筋肉をバランス良く鍛えるピラティスを始めました。上半身と下半身を無理なく連動させられれば、少ない力で推進力を生み出せると考えたからです。スピードスケートなど動きに共通点がある他競技の指導者を訪ね、教えを受けるなど、積極的に新しい取り組みを導入しています。
川除選手は「ベテランなのに考え方が柔軟。新しいことを吸収する向上心は見習いたい」と語り、新田選手の姿勢を称賛しています。
チーム全体を考えた若返りと勝負へのこだわり
新田選手は「自分がチームを引っ張る思いでやってきたが、チーム全体を考えると、若返りを図っていかないといけない」と述べています。しかし、勝負を降りたわけではありません。「選手としてやっている限りはハイパフォーマンスな競技者であり続けたい」と強調し、自身が貪欲にメダルを目指すことが、日本の距離スキーのレベル向上につながると信じています。
不惑を超え、できないことが増えたからこそ、競技力の向上につながりそうなことはどんどん取り入れ、8度目のパラリンピックでメダルを追い求める姿は、多くの人々に感動と勇気を与えています。



