鈴木明子、摂食障害を乗り越えた軌跡 スケートが生きる目標に
鈴木明子、摂食障害を乗り越えスケートが生きる目標に

鈴木明子、摂食障害との闘いとスケートへの回帰

フィギュアスケートで2度の冬季オリンピックに出場した鈴木明子さん(40)が、競技生活の中で摂食障害に苦しんだ経験を明かした。高校時代から続いた体重への恐怖心が、やがて深刻な健康問題へと発展していったという。

高校時代に芽生えた五輪への憧れと不安

鈴木さんが初めてオリンピックを強く意識したのは高校生の頃だった。ソルトレークシティー五輪の代表選考を兼ねた全日本選手権に出場し、代表権を争う選手たちの厳しい戦いを間近で目撃した。

「正直怖かったです。こんな厳しい戦いを勝ち抜かなければならないんだって。漠然と五輪に行きたい気持ちはありましたが、自分に自信がなくて、『私も4年後にオリンピックに行きます』なんて言えずにいました」と当時を振り返る。

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体重管理へのプレッシャーと完璧主義の罠

高校時代、鈴木さんは成長に伴う体形の変化に強い不安を抱えていた。フィギュアスケートの世界では、体重増加がジャンプ能力の低下やケガにつながるため、「太るな」というプレッシャーが常につきまとった。

幸いにも母親が脂質の少ない食事で管理してくれたおかげで、極端な体重増加は避けられた。しかし、周囲から「いつもきちんと管理できていてえらいね」とほめられることが、逆に重いプレッシャーとなってのしかかった。

「体重を維持し続けなければ認めてもらえなくなる。鈴木明子でいられなくなる。そんな考えに陥りました。フィギュアスケートは他者に採点される競技なので、余計に他者の目を気にしてしまっていたのかもしれません」と語る。

大学進学と摂食障害の発症

ジャンプ技術を強化するため仙台市の東北福祉大学に進学した鈴木さんは、初めて実家を離れた生活の中で摂食障害を発症する。

「それまで母が食事を用意してくれましたが、全てを一人でしなければならなくなりました。完璧主義な性格もあって、『体重を管理できなければ選手としてダメだと思われてしまう』と考えていました」

その恐怖心から食事を厳しく制限するようになり、当初はスケートのための体重管理だったものが、次第に「やせること」自体が目標に変わっていった。肉料理や油でいためた料理、油入りのドレッシングさえも受け付けなくなるほど症状は深刻化した。

体重32kgまで減少した危機的状況

体力の低下により練習もできなくなり、日常生活にも支障が出始めた。48kgあった体重は32kgまで減少し、深刻な健康状態に陥った。

「『食べなきゃ』と思っても、それが簡単にはできない。脳と心がコントロールできず、当たり前にあるはずの食欲が働かなくなるのがこの病気の怖さです。スケートもできないし、ご飯も食べられない。そんな自分は価値がない人間だと思い詰めました」

スケートへの思いが回復の原動力に

実家に戻って療養することになった鈴木さんは、医師や家族からスケートから離れることを勧められた。しかし、彼女の心には別の思いが芽生えていた。

「『氷の上で元気に舞っている自分こそが自分らしい姿だから、あの自分に戻りたい』と思ったんです。スケートこそが生きる目標だと、改めて感じました」

真っ暗なトンネルの中でもがいているとき、向こうに光が見えたら頑張れるように、スケートという光が見えたことで回復への道筋が見えてきたという。

栄養指導とリハビリによる回復

「食べる=スケートのための体づくり」という意識に少しずつ変わり、栄養指導やリハビリを受けながら体重を40kgまで戻すことを目標にした。

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「食べることで体が元気になっていくのがよくわかりました。少し散歩ができるようになっただけでもうれしくて。食べたものが自分のエネルギーになっていることを実感しながら、少しずつ食べられるものが増えていきました」

鈴木明子さんは、摂食障害という深刻な健康問題を乗り越え、スケートへの強い思いが回復の原動力となった経験を率直に語っている。競技者としてのプレッシャーと向き合いながら、自分らしさを見つめ直す貴重な証言となっている。