プロボクシングで男女を通じて日本選手として初めて世界5階級を制覇した藤岡奈穂子さん(50)が、国際ボクシング殿堂入りを果たした。46歳までリングに立ち、現在は順天堂大学大学院に通う。私生活では女性元格闘家の高橋藍さんとの関係を東京都のパートナーシップ宣誓制度に届け出た。女子ボクシングの先駆者は、次世代が自分らしく生きるための環境づくりに目を向けている。
殿堂入りの喜びと女子ボクシングの現状
日本の女子ボクサーとして初の殿堂入り。11日から米ニューヨーク州カナストータで式典が始まる。藤岡さんは「周囲の反応がすごく、自分のことではないような感じがする」と語る。現役時代、男子ボクシングは競技や試合の中身が報じられる一方、女子は容姿や「シングルマザーで頑張っている」など競技外のことに注目が集まった。男子はテレビ放送があるのに、女子はなかなか日の目を見ない。日本で認められるのは無理だと半分諦めていたが、世界で認められれば日本でも認められると信じて世界のリングに立ってきた。
世界王者として世界で戦う必要性を感じ、女子ボクシングが盛り上がるメキシコや米国での試合を希望していた。それが認められたことはうれしいが、まさか国際殿堂入りするとは思っていなかったという。
スポーツに救われた幼少期
ボクシングを始める前はソフトボールに励んでいた。父とキャッチボールをしたり、車が好きだったりと、「物心ついたときから周りの女の子とは違うのかな」と思っていた。社会が求める「女性らしさ」に息苦しさを感じ、もやもやしたものを解放するのがスポーツだった。運動が得意でスポーツに救われた。髪が短かったり見た目がボーイッシュでも、「あの子、スポーツをやっているから」という理由でいられるのが楽だった。
ソフトボールの実業団チームでは主将を務め、チーム状況について社長と話す機会が多かった。ある日、反論すると「おまえの代わりなんていくらでもいる」と言われ、会社を辞めてソフトボールとも縁を切った。その挫折から自信を取り戻すため、勝てば自信がつくという漠然とした思いで24歳でボクシングを始めた。地元宮城の公民館で週3回、男子に交じって練習し、33歳でプロテストを受けられるようになった。
女子ボクシング環境の改善への取り組み
2007年、日本ボクシングコミッション(JBC)が女子を認可した。プロデビューは34歳と遅かったが、当時女子の環境は整っていなかった。大勢の男子の中で一人で練習する選手や、指導者も男性ばかり。減量のある競技なのに男子と同じ方法でいいのか、生理が重い選手を理解してもらえるのか、といった悩みがあった。
世界王者になっても「女子ボクシングって、あるの?」と言われることがあり、認知度向上と競技人口増加を考えるようになった。女子側も競技レベルを上げ、面白い試合をしなければならない。女子の環境を改善したいと、2015年から女子ボクサーが集まる「ボクシング女子会」を開始。練習会の裏テーマは「困りごとはない?」と女子特有の悩みを相談する場だった。
46歳まで現役、世界5階級制覇
日本では「その年齢でまだやっているの?」という反応だったが、米国ではキャリアの長い選手をリスペクトしてくれた。最後の試合では入場時にスクリーンにテニスのセリーナ・ウィリアムズ、サッカーのクリスティー・ピアース・ランポーン、ゴルフのベーブ・ザハリアスと並ぶ「レジェンド」として写真が映し出され、初めての紹介のされ方に感激した。
引退後、昨年大学院に入り、スポーツ界の暴力やハラスメント、虐待、ネグレクト(安全確保の怠慢や放置)といったセーフスポーツを研究している。
パートナーシップと家族の理解
私生活では、元格闘家の高橋藍さんとの関係をパートナーシップ宣誓制度に届け出た。その前に米カリフォルニア州でトレーニング中、同性婚をしている方から「パスポートがあればすぐにできる」と聞き、裁判所で同性婚の手続きをした。パートナーシップ宣誓制度は、万が一の際の生命保険の受取人や救急搬送時のため、現実的な問題として登録した。しかし、保険会社や内容によっては家族でないと認められない項目があり、東京から引っ越せば自治体によって制度が変わる。
昨年ウエディングパーティーを開くにあたり、父に伝えるのが一番嫌だった。宮城の田舎町で保守的だからだ。しかし「周りから私のことを聞かされるのは嫌だろう」「父には言わないと」と思い伝えると、あっさり「ああ、そうなんだ」と言われた。父は一人でいることの方が将来について心配だったらしく、「藍ちゃんがいるなら安心だね」とパーティーでも張り切っていた。
周囲に話したことで気持ちが楽になった。それまでは心につかえているものがあったが、今では「パートナーがいます」と言える。周りに「2人は仲がいいけど、なんだろうね」と気を使わせていたと感じている。誰もが温かく祝福してくれた。藍はそういうみんなの姿を見せたかったらしく、「大丈夫だよ。堂々と生きてほしい」という思いがあったようだ。これが10年前なら違ったかもしれないが、時代が少しずつ良くなってきた。しかし法的なものや制度は追いついていないため、少しずつ力になれることをやっていきたいと語る。
今後の目標:女子向け格闘技アカデミー
今後の目標は女子向けの格闘技アカデミーを作ることだ。選手を強くしたいのではなく、ボクシングの精神面への効果を活かしたい。パンチが打てる、防御ができるというだけで自信がつく。自己肯定感が低い子、性被害や虐待を受けた子が、まず内面から自信を取り戻せる場所にしたい。スポーツの現場には暴力や虐待、ネグレクトがあることを小さいころから知ることも大切だ。自分は「しごき」がなくても世界王者になれた。成功例がここにいる。
若い子たちに自信と知識をつけてもらい、将来女性の指導者やリーダーになってもらいたい。自分の役目はその環境を整えることだと考えている。
プロフィール
ふじおか・なおこ 1975年、宮城県大崎市出身。中学からソフトボールに情熱を傾け、宮城・古川女子高(現古川黎明高)では全国高校総体に出場。卒業後、県内の実業団チームで主将を務め、宮城県代表の遊撃手として国体(現国スポ)に出場した。ボクシングでは2009年9月にプロデビューし、ミニフライ級、スーパーフライ級、バンタム級、フライ級、ライトフライ級の順に世界王座を獲得。男女を通じて日本選手として初めて世界5階級を制覇した。2023年5月に現役引退を表明。通算23戦19勝(7KO)3敗1分け。現在はボクシングのパーソナルトレーナーの傍ら、順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科でスポーツマネジメントを学ぶ。



