災害救助犬「じゃがいも」天国へ 福島生まれ岐阜育ち、8年間の活躍と絆
東日本大震災の発生から3か月後の2011年6月、福島県飯舘村で生まれた災害救助犬「じゃがいも」が、14歳8か月でこの世を去りました。岐阜市を拠点に約8年間にわたり災害救助犬として活躍し、被災地との架け橋としても大きな役割を果たしてきました。
震災の混乱の中、岐阜へ
飯舘村は震災当時、東京電力福島第一原発事故の影響で全村避難の対象となっていました。じゃがいもの元飼い主は、5匹のきょうだい犬とともに岐阜市のNPO法人「日本動物介護センター」に預けることを決断しました。
同センターの山口常夫理事長(74)は「1匹は災害救助犬にしよう」と考え、訓練を始めました。きょうだいたちは次々と新しい飼い主に引き取られていき、最後に残ったのが一番やんちゃで元気の良いじゃがいもでした。名前の由来は、元飼い主から送られてきた箱いっぱいのジャガイモから付けられました。
5年越しの合格への道のり
じゃがいもは生後5~7か月頃から、山口理事長や訓練士の上村智恵子さん(53)とともに本格的な訓練を開始しました。「おすわり」や「ふせ」といった基本的な服従訓練から、嗅覚を使って人の気配を探すかくれんぼなどの特殊訓練まで、さまざまな課題に取り組みました。
災害救助犬の試験合格率は20~30%という狭き門です。じゃがいもも最初は緊張から、人を発見してもほえて知らせることができなかったり、制限時間内に課題を完了できなかったりと、何度も壁にぶつかりました。
山口理事長と上村さんは、試験の度にじゃがいもの課題を分析し、改善策を考えました。人混みを怖がる傾向があったため、コンビニの出入り口や祭りに連れて行って人に慣れさせたり、重機や救急車の音をラジカセで流して慣らすなどの工夫を重ねました。
被災地との絆を深めて
上村さんは「被災地の犬として、じゃがいもを通じて被災地や被災犬を知ってもらいたい」という思いから、決してあきらめずにじゃがいもに寄り添い続けました。生活を共にし、良きパートナーとして信頼関係を築いていく中で、「できなかったことを、1個ずつできるようになっていった」と振り返ります。
2017年、飯舘村の大半で避難指示が解除されたタイミングに合わせるかのように、じゃがいもは11回目の受験で見事に災害救助犬試験に合格しました。「がんばったね、じゃが!」と上村さんは大喜び。この感動的な道のりは、道徳の教科書や絵本にも採用され、多くの人々に感動を与えました。
さらにじゃがいもは、飯舘村の魅力を発信する「わんダフルまでい大使」にも任命され、被災地との架け橋としての役割も担うことになりました。
災害現場での活躍と啓蒙活動
災害救助犬としてのじゃがいもの活躍は目覚ましいものでした。2019年には山梨県のキャンプ場での女児行方不明事件で捜索活動に参加し、2024年1月の能登半島地震でも現地に出向いて活動しました。
救助活動がない時は、災害救助犬の存在を知ってもらおうと、全国各地のイベントや学校などで実演を行い、多くの人々に災害救助犬の重要性を伝え続けました。
静かな別れと感謝の思い
東日本大震災から15年を待たず、今年2月20日、じゃがいもは病院での治療を終えて事務所に戻ったところで、静かに息を引き取りました。
山口理事長と上村さんは「(自分たちにとって)大きな存在だった」と口をそろえ、「じゃがいももめげずに訓練してくれて、自分たちも諦めずに挑戦してこられた」と感謝の思いを語りました。訓練士として成長させてくれただけでなく、テレビや本で取り上げられるなど、これまで踏み出したことのない世界に連れて行ってくれたじゃがいもの存在は、二人にとってかけがえのないものでした。
お別れ会の開催
じゃがいものお別れ会が4月12日午後1時から、岐阜市司町のみんなの森ぎふメディアコスモスで行われます。民放制作のドキュメンタリー上映のほか、小さいメモ用紙とポストを設置し、じゃがいもに送る手紙を書くことができるようになります。ポストに手紙を投函した人全員にじゃがいものポストカードが配布されます。
申し込みは不要で、誰でも参加可能です。山口理事長は「じゃがいもの15年間を見て、みんなで天国に見送ってほしい」と呼びかけています。
災害救助犬として8年間活躍し、多くの人々に勇気と希望を与え続けたじゃがいもの生涯は、被災地との絆を深め、人と動物の素晴らしい関係性を示す感動的な物語として、これからも語り継がれていくことでしょう。



