震災15年の追悼日に重なり、卒業祝いの赤飯給食が中止に
福島県いわき市の市立中学校で、卒業生を祝うための赤飯給食が、東日本大震災から15年となる発生日と重なったため、当日になって急遽取りやめられる事態が発生しました。調理済みの約2100食分の赤飯は廃棄処分となり、生徒たちには学校で備蓄していた非常用の缶詰パンが代わりに提供されました。
献立の事前把握が困難で、当日の報告で気付く
いわき市教育委員会によると、問題となった赤飯は市内7カ所ある学校給食共同調理場のうち1カ所で準備され、5つの中学校に配食される予定でした。3月11日午前、「震災のあった日に赤飯はおかしい」という内容の電話が学校にかかり、この報告を受けた市教委が中止を判断したとのことです。
各学校では1カ月分の献立を毎月末までに決定し、保護者に通知していますが、市教委の担当者は「毎日すべての献立を事前に把握するのは困難で、報告で初めて気が付いた」と説明しています。卒業式は3月13日に行われ、これまで卒業生の最後の給食として赤飯を提供してきた慣例がありました。
甚大な被害を考慮した総合的な判断
いわき市では東日本大震災による津波などで約470人の尊い命が失われており、3月11日は市が追悼式を行う日でもありました。市教委担当者は「賛否いろいろな意見がある問題とは認識していたが、甚大な被害があったことや追悼の日であることを総合的に考慮して判断した。卒業生には申し訳ない気持ちだ」と述べています。
その後、学校や市教委には「祝い事の中止を強制するのはおかしい」という意見と、「追悼の日に赤飯はないだろう」という意見の双方が数件ずつ寄せられたということです。
急な変更に対応した非常食の提供
赤飯給食が中止となったことで、各中学校では急きょ対応を迫られることになりました。結果的に、学校で備蓄していた非常用の缶詰パンを代わりの食事として生徒たちに提供しました。卒業を控えた中学3年生たちにとっては、思いがけない形での最後の給食となってしまいました。
この出来事は、節目の行事と追悼の日が重なった際の対応の難しさを浮き彫りにしています。地域によっては震災の記憶が風化しつつある一方で、被災地では未だに深い傷痕が残っている現実を改めて示す事例となりました。



