単独潜水事故から1年、遺族の悔恨と「人災」の指摘
山形県鶴岡市の温海海岸付近で、県水産研究所職員の五十嵐大将さん(当時31歳)が潜水作業中に死亡した事故から、2日で1年を迎えた。五十嵐さんの母親(60歳)が読売新聞の取材に応じ、「1年間ずっとつらいまま。守ってやりたかった」とやりきれない思いを明かした。
亡くなった日の朝、めったに愚痴を言わない五十嵐さんが潜水業務への不満を口にした。母親は気にも留めず「そんなこと、どこの職場にでもあるよ」と伝え、先に家を出た。「あんなこと言わなければよかった。ストレスを抱えていたんだな」と今でも悔やんでいる。
内規違反の単独潜水が常態化、安全管理の不備
五十嵐さんは、昨年4月2日午後、二枚貝「イガイ」の稚貝を付着させる機器を海中に設置するため、1人で潜水した。研究所の内規では、業務は「2人1組で」とされているが、人員不足や管理体制の不備で、単独潜水が常態化していた。
中学3年の頃、地元の養殖場で職場体験をしたことがきっかけで、漁業調査に携わる仕事に興味を持った。北海道の大学で海洋生物について学んだ後、2022年、念願だった県水産研究所に就職し、イガイの研究やサクラマスの生産技術の開発に情熱を注いでいた。
事故後の遺族の思いと「人災」の断言
事故後、同僚や友人、漁師ら多くの人が弔問に訪れた。写真をもらったり、思い出話を聞かせてくれたり。「友達も多く、まとめ役だった。寄り添ってくれてありがたい」と感謝する。
この1年、息子のことをずっと考えている。毎朝弁当を詰めるのが生きがいだった。「もっとしてやりたかった。まだまだこれからだったのに」。「海の香りとひろの匂いがする」と事故当時に身に着けていた衣服を袋に入れて大切に保管している。
事故後、県人事委員会は、研究所と県に対し、労働安全衛生法違反にあたるとして行政指導を行った。研究所のずさんな安全管理体制に、「誰か一人でも止めてくれればひろは生きていたのに。起こるべくして起きた人災だ」と断言した。
上司の指示と危険性の認識、助長発言の実態
事故が起きた当時の潜水業務について、五十嵐大将さんが危険性を認識しながらも上司の指示で行っていたことが、県が実施した職員への聞き取り調査で分かった。研究所内では内規違反にあたる単独での潜水が黙認され、違反を助長するような発言があったことも判明した。
県の調査によると、昨年3月19日の会議で、前所長が五十嵐さんに対し、イガイの機器を湾内から湾外に移設するように指示した。湾外は波が高く危険性が予測されるが、前所長は船の手配や複数人での潜水作業など具体的な安全対策について言及しなかった。
五十嵐さんは困惑した様子で、湾外への移設が困難だと伝えたが、言葉に詰まりながらも実施を決めたという。会議の出席者は「プレッシャーを感じ、やらざるを得ない状況に追い込まれた」と証言している。
当時、五十嵐さん以外に潜水業務に携わる職員は2人いた。だが体調不良や別業務のため、1人で潜らざるを得なかった。2人1組で潜水することは潜水士の常識で、内規でも定められていたが、副所長は過去に、「1人で潜水して、パワーがあってすごい」と助長する発言をしていたという。
酒田海上保安部は、上司の安全管理が不十分だったとして、業務上過失致死容疑での立件を視野に調べている。



