社会 ヒトにとって信じることは美しい!? 後絶たぬ詐欺被害、裏切る側が圧倒的に有利 2026年5月3日 05時10分 (5月3日 05時10分更新) 【連載】解体人書 第4部 ヒトの特性から現代社会を問う連載「解体人書」。第4部は、誰もが陥りうる詐欺の真理に迫り、対策を考える。 (1)ヒトにとって信じることは美しい!? 後絶たぬ詐欺被害、裏切る側が圧倒的に有利(初回の記事は無料公開です)
まだ父の方が力は強い。41歳のツトムと11歳のマモルは、ヒトに最も近いチンパンジーの父子だ。世界で最も多い52種の霊長類(サル類)を飼育する愛知県犬山市の日本モンキーセンター。ある平日の朝、担当飼育員の広沢麻里(40)が、父子におやつを投げ与えた。めったにありつけない丸ごとのトマト。子のマモルは、近くに落ちたのに気づかないふりをした。父のツトムはそれを察知できず、反対へ歩み出す。ツトムが見えないところまで離れてから、マモルはトマトを口にした。
「マモルはトマトを自分のものにするためにツトムを欺くわけです」。複数の施設でチンパンジーに携わってきた広沢が解説する。「戦術的欺き」と呼ばれる行動だ。
欺きの前には信頼がある。京都大野生動物研究センター長の平田聡(52)によると、集団で暮らす霊長類の日常は、互いが協調的に振る舞うことで保たれる。「相手が裏切る前提だと、集団行動そのものが成り立たない」。だからツトムは疑わず、欺かれた。
ヒトにも同じ習性がある。警察庁によると、うその電話や交流サイト(SNS)を使う詐欺は2025年、被害総額が過去最悪の3241億円に上った。このうち警察官を装う詐欺は1千億円を占め、被害者は30代、20代の順で多い。この事実は、お年寄りだけでなく、誰もがだまされうる現実を浮き彫りにしている。
平田はヒトとチンパンジーの違いも説く。「ヒトはだまされる前に、だまされないように行動できる。ほかの霊長類ではないと言っていいでしょう」と。
ジョギングを終え、水飲み場でのどを潤す男性=名古屋市北区の名城公園で。ヒトがだまされるのはなぜなのか。夏日となった4月の休日、名古屋市北区の名城公園は市民ランナーでにぎわっていた。汗だくで走ってきた愛知県岩倉市の男性(39)が水道の蛇口を上に向ける。勢いよく顔を洗い、ごくごく飲む。「どこから来た水か? 気にしたことない。みんな普通に飲んでいますし」。別の男性(85)ものどを潤した。「水道水は安全だもんね」。
集団のチンパンジーが互いに協調し合うように、私たちの日常は信頼の上に成り立っている。落下するなんて疑わずにエレベーターに乗り込むし、薬剤師から渡された「白い粉」を毒ではないと信じて服用する。顔も知らない他人を信じなければ、そもそも日常はままならない。
社会心理学者で立正大教授の西田公昭(65)は言う。「信頼は社会のものすごく基本的な原則なんです」。いちいち疑うのは脳にとって負荷が大きい。エネルギーを節約し、効率的に行動できるように、ヒトは進化した。
西田は「信じる」心理を30年近く研究してきた。宗教も政治信条も、何を信じるかによって見える世界はまるで違う。社会の根幹に関わる心理を理解するため、カルト宗教や詐欺の手口をひもといてきた。「だまされる人をなくしたい」という思いで警察にも協力した。が、詐欺被害は後を絶つ気配すらない。
次から次へとヒトがだまされるのはなぜか。「ひと言で言えば、信じるように作られている動物だから。つまり、裏切る側が圧倒的に有利なんですよ」。だます側が信頼されやすい立場であればあるほど、裏切りはたやすい。詐欺師はそれを知っている。
中部地方の男性は2025年夏、「次にくる銘柄はこれ」と書かれた交流サイト(SNS)の広告をクリックした。まもなくメッセージが届く。米国に実在する投資会社の「日本支部マネジャー」を名乗る男からだった。添えられたネットニュースの記事には、外国人らしき男性と握手する写真があった。しっかりした肩書や国際性にも背中を押され、「怪しいかな」とは思いつつ返信した。
投資を学ぶというLINE(ライン)グループに誘導され、有望という株への投資を促された。だまし取られたのは3600万円。10回にわたり、指定された口座に送金した。被害に気づいたきっかけもSNS。投資詐欺への注意を呼びかける警察の投稿だった。
ネット記事は偽物で、日本支部など存在しない。冷静に調べれば気づけたかもしれない。ただ、やりとりを重ね、権威を見せつけられた結果、「相手を信じたくなってしまったんだと思います」。失ったお金は戻ってきていない。
信じることは道徳的にも重んじられる。だまされる背景には、社会のそんな価値観もあると西田は指摘する。恋愛ドラマでは恋人を信じて待つ主人公が描かれ、スポーツでは仲間を信じる姿が共感を呼ぶ。逆に、相手を疑ったり裏切ったりすることは不道徳な行為と見なされてしまう、と。
「『詐欺にだまされるな』とはよく言うが、『人を信じるな』とは言わない。ヒトにとって信じることは美しいから。矛盾しているんです」 =敬称略



